平成26年新年のご挨拶

1月 6th, 2014

新年明けましておめでとうございます。皆様には本年がよいお年であることをお祈りし、変わらぬご厚誼をお願いいたします。

2011年3月11日に発生した東北大震災も早くも3年の年月が経とうとしておりますが、被災地はいまだに完全復旧がかなわず、長年住み慣れた土地を離れて新年を迎えなくてはならない方も大勢おられることと思います。未だ大変なご苦労をされている方々に、改めて心よりお見舞いを申し上げます。

一方、昨年は政局が大きく変化し、円安、株高も進行、アベノミクスと呼ばれる好景気に沸いた年でもありましたし、富士山が世界遺産登録、7年後の東京でのオリンピック開催が決定と喜ばしい話題も聞かれました。

その間、弊社は創業7年を経過し8年目に入りました。「フッ素製品の開発と製造販売」、そして「フッ素関連の情報収集、提供およびコンサルティング」という二本柱で進めてまいりました。弊社は2年前に事業拡大、飛躍の時期に入ったことを宣言し、「フッ素製品の開発と製造販売」では新規技術開発と応用分野拡大を、「フッ素関連の情報収集、提供およびコンサルティング」においては先端技術情報収集の精度を上げて対応し、その結果が昨年の事業成果に反映することができました。

今後はさらに激動する現代において社会でより必要とされる企業になるために変革と、飛躍のスピードを上げていくことを実行致します。

どうぞ皆様におかれましても今年が良い年でありますよう心よりお祈り申し上げます。

代表取締役 富永安里

科学と芸術-3

11月 12th, 2013

科学の中の芸術性
 科学と芸術の共通点は美であることを述べてきた。今回は科学の中の芸術性と題して、科学の中に香る芸術性について述べてみたい。
 セレンディピティーという言葉がある。「セレンディップ(セイロン、今のスリランカ)の3人の王子がはじめから意図してではなく、いつでも偶然に、しかしうまい具合に、色々なものを発見していく」という話から18世紀ごろからセレンディピティーという言葉を、自分自身の偶然によるいくつかの発見を表現するのに使っていて、重要な発見のかなりの部分がこのセレンディピティーに恵まれた人によるとされている。いくつか例を示そう。
まずは、アルキメデスの原理。王冠の体積を測る方法を風呂に入っている時溢れ出るお湯を見て思いつき、裸でシラキュールの町を「ユリイカ、ユリイカ(分かった、分かった)」と言いながら走ったという話は余りにも有名。
次いで、アイザック・ニュートンの万有引力の法則。リンゴの木から実が落ちるのを見て何故リンゴが垂直に落ちるのかを考察し、この法則を導き出したと言うのも多くの人が知っている話。
エドワード・ジェンナーが天然痘のワクチンを発明したのは、研究室で長く骨の折れる研究の結果ではなく、19歳の時、以前乳搾りだった人に、牛痘にかかった人は天然痘にかからないと教えられたことがヒントだったとのこと。
フリードリッヒ・ウェラーが有機合成の発端となる尿素を合成したのは、全く別の化合物を合成しようとしていて、目的物とは異なった化合物を得たことによる。つまり、シアン酸カリウムと硫酸アンモニウムからシアン酸アンモニウムを作ろうとして得た白色結晶が尿素だったと言うわけである。彼は学生の時、尿から尿素を取り出す実験をしていて、尿素が白色結晶であることを知っていたと言う偶然がこの発見に繋がったとされている。
ウイリアム・パーキンがトルイジンからキニーネを合成しようとたが、得られたのは紫色の化合物であった。彼はそれを捨ててしまう前に、これをフラスコから洗い出すために使った水やアルコールが紫色になっていることに気がつき、更に布を紫色に染めることを見いだし、世界初の合成染料の製造という結果につながった。
フリードリッヒ・ケクレのベンゼンの構造式の決定は、彼が夢で蛇が尻尾に噛みついているのを見て閃いたと言う話も余りにも有名である。
ジョゼフ・プリーストリーの酸素発見、ベルナール・クルトワのヨウ素発見、ロベルト・ウィルヘルム・ブンゼンとグスタフ・ロベルト・キルヒホフによるヘリウム、アルゴンなど希ガスの発見、など重要な元素の発見もこのセレンディピティの賜物である。
まだまだこういった話は枚挙にいとまがない。近代細菌学の開祖であるルイ・パストゥールは、「観察の場では、幸運は待ち受ける心にだけ味方するものだ」「偉大な発見の種はいつでも私たちの周りに漂っているが、それが根を下ろすのは構えた心に限られる」と述べている。ここに大いなる芸術性を感じるのは私だけではないと思う。
 今年のノーベル物理学賞は「ヒッグス粒子の発見」であった。真空状態から宇宙誕生したのは137億年前、そのカギを握るのがヒッグス粒子だと言う。ロサンゼルス・ピアース大学部類学科教授山田勝也氏の「真空のからくり、質量を生み出した空間の謎」を読んでみた。
「真空は決して空っぽの空間ではなく、複雑極まる物理系であり、この宇宙のすべては真空から生まれた」として、難解な物理学の理論をかなり分かりやすく書いている。真空は真空であって、それ以上の議論はないと考えられてきた真空が無言でざわめいているという事実が20世紀に入ってからわかってきた。アインシュタインの相対性原理と量子論から湯川秀樹の中間子理論に始まるクォークの世界、そして、南部陽一郎の「真空に起きた自発的対称性の破れ」にはじまる真空状態から宇宙誕生の解明につながっていく。真空中には質量を持たない仮想粒子が存在し(寿命が極端に短いため観測不可能)、それが蠢いていることがざわめきの原因。この仮想粒子が対称性の破れによってヒッグス場が発生する。仮想粒子がヒッグス場と相互作用する時に質量を持つヒッグス粒子ができる。そして、クォークもヒッグス場との相互作用により質量を持つようになり、それが爆発的に広がって宇宙が誕生したと言うわけである。実に複雑ではあるが、壮大なドラマを見ているようで、不思議な感動を覚えた。ここにも大いなる芸術性の香を感じた次第である。

科学と芸術2

9月 30th, 2013

美について
 科学と芸術の価値の源泉は美であることを既に述べた。科学の場合、美は結果であり、芸術の場合は、美は対象であり、結果でもあるという。
 美とは何か。改めて問われると美しいと感じた色々な光景が浮かんでくる。数えきれない美しい風景、美しい芸術品、美しい音楽が次から次へと浮かんでくる。その中で敢えて数例を取り上げてみたい。まずは、北海道の摩周湖の神秘的な景色。学生時代に友人と共に訪れた。最初は霧に覆われて見えなかったが、急に晴れて下の写真のような風景が目の前に現れ、その美しさに暫し声も出ず佇んだことが、昨日のことのように思い出される。次いで、京都の嵯峨野の紅葉、常寂光寺の庭に燃えるような真っ赤な紅葉の美しさにまさに絶句した。次いで、スイスのユングフラウヨッホのアレッチ氷河、登山電車でアイガー北壁の内側を通り、一気に4000メートルの高さに達し、心臓がバクバクし、頭がぼーっとする中で目の前に広がる氷河の壮大かつ美しい光景を目にして酔いしれた一瞬を味わった。さらに、静嘉堂文庫美術館の曜変天目茶碗。既に何度も鑑賞し、このブログでも何度か紹介したが、写真では現されない凄さが目に焼き付いている。また、モネの「睡蓮」。この絵は何処で見たか忘れたが、数々のモネの作品の中で一つあげるとすると矢張り睡蓮になる。構図と色彩の美しさは抜群である。そして、ボストン美術館で見て衝撃を受け、次の日も見に行ったルノワールの「ブージヴァルのダンス」。あの時、多分可憐な少女の美しさに惚れてしまっていたのだろうと思っている。
「美しい!」と感じることは人に感動をもたらす。感動は人を活性化し人格的厚みを増大する。芸術家はこの美の対象を常人より深く感じ、衝動的になり、美しい芸術作品を創り出す。

科学者はどうであろうか。果たして結果のみであろうか。いや、ある現象の中に、直観として美しい原理が潜んでいることを予想できる科学者こそ一流だと思う。ニュートンが、リンゴが落ちるのを見て万有引力を見いだし、下記の3法則から成るニュートン力学の基礎を築いたというのは余りにも有名である。勿論、あれは作りごとだと言う人が多い。しかし、たとえそれが後からつくられた話だとしても、ニュートンはそれに近い経験から万有引力に到達したと思うのである。彼はリンゴの落ちる現象の中に万有引力という美しい概念を見いだしていたのではないだろうか。そして結果は、下記の通り明快な美しい原理なのである。
第1法則(慣性の法則)
質点は、力が作用しない限り、静止または等速直線運動する。(これを満たすような座標系を用いて、運動法則を記述する.)
第2法則(ニュートンの運動方程式)
質点の加速度 は、その時の質点に作用する力 に比例し、質点の質量mに反比例する。
a=F/m
第3法則(作用・反作用の法則)
二つの質点 1、2 の間に相互に力が働くとき、質点2から質点1に作用する力 と、質点1から質点2に作用する力 は、大きさが等しく、逆向きである。
F21=-F12
また、アインシュタインの相対性理論(特殊相対性理論)はエネルギーEと質量mと光の速度cとの間に下記の関係が成立すると言うもので、「物理法則はすべての慣性系で同一である」という特殊相対性原理と「真空中の光の速度は、すべての慣性系で一定である」という光速度一定の原理を満たすことを出発点として構築された。
E=mc2
彼はそれまでに構築されていたニュートン力学、マックスウエル電磁気学方程式を踏襲し、それらを包含した宇宙の規模にまで広げた理論を構築したわけで、そこには矢張り美しい対象があり、結果としてシンプルな美しい式を導いたと言える。上記の自然や芸術品の美とは質は異なるが、美という点で共通していると思う次第である。
平凡な人間でもそういう体験はしていて、色々な作品を生み出し、色々な原理を創造していると思う。その客観的な衝撃の大きさが異なるだけで、個人としては大きな衝撃なのである。勿論、すべての人間は科学の原理・法則を知り、優れた芸術作品に触れ、感動を覚え、充実感を覚え、自らの心の糧とすることが出来る。自分の小さな体験と、偉大な作品や原理に触れる体験ができることは人間の尊厳に繋がる。これぞ万物の霊長たる所以であるのである。

麦酒屋 るぷりん

9月 5th, 2013

新橋の仕事の前に少し時間に余裕があったので
あったのでというか、つくったというか
銀座でかき氷。

どこにしようかとネットで調べてみると
日光の天然氷四代目徳次郎の氷を使っているらしい
麦酒屋るぷりんにアンテナが。

お昼を少し回った時間だったので
微妙だったものの、
入店できて、時間がかかりますとのこと。
かき氷を待っている人数は10人もいなかったので
待ちますと言って待機。

後で気づくと、自分の後に客は来なかったので
お昼時は10人限定で
ぎりぎり10人目だったっぽいです。運がいい。

メニューは、桃1,700円とほうじ茶1,300円。
迷ったものの、桃をチョイス。
自分的かき氷最高値更新。


あぁ、けど、1700円の価値あり!
濃厚な桃の蜜とさっぱりとした練乳の相性は抜群!
しかも、食べ進んでいくと、桃のコンポーネントが中にあって
食感もいろいろ楽しめる!

壁のメニューには、樽生麦酒の種類が6種類くらいあって
いろいろな生ビールが楽しめるみたいだし、
お店の人に聞くと、夜もかき氷を楽しめるみたいなので
次回は、夜是非訪問したいと思っています。

店名      麦酒屋 るぷりん
TEL・予約   03-6228-5728
住所       東京都中央区銀座6-7-7 浦野ビル 3F
営業時間    [月~日]17:00~24:00(L.O.23:00)
          [土]15:00~22:00(L.O.21:30)  
定休日     日曜日、祝日

科学と芸術

8月 27th, 2013

この表題のことは、私が生涯追求してきたことである。夏目漱石の「草枕」に「越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛げて、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。」また、「三四郎」だったか、東京の路面電車を見て科学の力を認識した場面もあったように思う。彼は科学を認めながらもやはり芸術の方が尊いと思っていることは確かなようだ。また、ノーベル賞作家のオクタビオ・パスが「弓と竪琴」において、「詩は人類最高の叡智である。」と言って科学を軽視する記述に少々違和感を覚えたことを思い出す。アインシュタインはヴァイオリンの腕が相当のものであったことは有名な話である。このように一流の芸術家は科学に思いを馳せ、一流の科学者は芸術に思いを馳せる。  科学は論理の世界、芸術は感性の世界と言われる。しかし、科学がひとつの原理を発見する過程においては感性がかかわってくるし、芸術がひとつの作品を完成する過程においては論理が必要である。そして完成した原理や作品には「美」が滲み出る。この美が存在しない原理や作品は価値がないと言っても過言ではないと思う。但し、科学の場合、結果として美が滲み出てくるのであって、最初から美を求めてしまうととんでもないミスを犯すことになる。かなり昔の話だが、そういう科学者がいて、実験もしないのにこうなることが美しい結果になるとしてそれを学会に発表し、後に他者が実験したところそんな結果にならないとの結論に達し、その科学者は失脚してしまったことがあった。実験はあくまでも厳正である。その結果に基づいて原理が構築されていく。一流の実験者は実験結果を予測するが、それに捉われない。ただ現前に現れた結果を客観的に冷徹なまでに判断し、予測と異なった結果を寧ろ喜んで受け入れる。こうして、幾多の重要な発見がされたのである。  夏目漱石は、芸術は人の心を豊かにするから尊いと言った。科学は多種多彩な発見により物質的な豊かさを人類にもたらした。まだまだ貧しい人は多いけれどこれを救えるのは科学であると思う。物質的な豊さがあってこそ、芸術が生きてくるのではないか。人類にとって科学と芸術は叡智の両輪であり、どちらも無くてはならないと思う。  芸術と言っても文学、音楽、絵画だけではない。絵画に陶磁器や彫刻、書道などを含めた美術、映画、演劇や芸能と言われる分野もその中に入る。スポーツだって芸術的瞬間があり、一流選手のプレーは芸術的である。いずれもそこには美があるのである。美は科学と芸術における価値の源泉である。  科学は原理に留まらないことは既に述べた。科学の原理は製品と言う産物を生み出す。それは芸術における作品と双璧をなす。但し、原理が製品を生み出すと言う言い方は正確ではない。正確には、科学者は実験を行い、発見する。その発見が製品につながっていく。そして、その発見に隠された原理を見出していく。発見は非凡な科学者の観察力、洞察力に依存する。原理は広大な世界を形作り、その結果幾多の製品が生み出されていく。そして、人類の豊かさを創出していく。  勿論、科学の負の部分は問題視されている。原爆を頂点とする高性能高機能の兵器は人類に多大の被害を及ぼした。また、深刻な環境問題を引き起こしたのは科学である。人類が今後生き残れるのはこの負の部分を如何に制御できるかにかかっている。これを人類の英知で克服できれば、科学は計り知れない豊かさと便利さとを齎すことは間違いないと信じている。そして、何時の日か宇宙に飛び出し、他の惑星はもとより、他の太陽系に進出していく夢も科学の力が約束していると思う。  一方、芸術も伝統を守りつつ、新しい世界を次々と創出していくことであろう。人類はこれがあってこそ霊長の名に値する。多種多彩な芸術の世界が人々に精神的な豊かさを齎し、充実した生活を送らせてくれる。それゆえに尊いのである。  科学と芸術、人間の人間たる所以の叡智の二つの結晶。微力ながらこの二つの結晶に何時までもかかわっていきたいと願う今日この頃である。                            松尾 仁

ひみつ堂

7月 29th, 2013

千駄木のかき氷の有名店
ひみつ堂さん。

いちごのかき氷が看板ですが
こちらは、甘夏ヨーグルト

甘夏は和歌山の農家さんから直接仕入れているようで
無農薬で育てられているようです。

甘夏の、酸味とほんのちょっと舌に残る苦みが
絶妙でそれに相まってヨーグルトのまた違う酸味も絡まって
めちゃくちゃおいしかったです!

店名    ひみつ堂
TEL     03-3824-4132
住所    東京都台東区谷中3-11-18
営業時間 11:00~20:00 (春・秋18時閉店あり)
       冬季11:00~18:00
定休日   月曜(冬季は月曜・火曜)

便利さへの追求

7月 11th, 2013

毎朝晩自宅から事務所のある飯田橋まで電車で通勤している。最近の電車内風景が、一昔前と大きく様変わりしている事を感じた。それは電車内で新聞を拡げて読んでいる人が格段少なくなった事である。勿論統計をとったわけではないので正確なことは分からないが、間違いなく少なくなったと感じる。本日の朝の電車内には2名程度が新聞を広げていたが、以前は隣の人とトラブルになるのではないかと思われるくらい新聞を読む人が多かった。私も以前は新聞を往きの駅売店で購入、車内で読んで会社に出勤していたが近頃では全く買わずである。では車内で皆さん何をされているかと観察するとスマホ、携帯と睨めっこしている人が多いこと、それも老若男女関係なく多くの人がやっている。そう言う私もスマホで新聞ニュース、社説記事を読んで通勤時間を過ごしている。

今般、会社での業務の効率化、迅速化を図るため今人気のタブレット端末を導入し試用を開始した。この機器の導入を契機に、メールの受発信、製品、原料の受発注、問い合わせの対応、社内保管情報の閲覧等が何時でも、何処でも出来るようにシステムを組み上げてみた。当初は操作に慣れるまで時間を要したが、現在ではほぼ導入の目標をクリヤーできる状態になり、仕事の効率、迅速の効果を得られるようになった。

一方仕事とは全く離れた場面でもそのタブレット端末が活躍する場面があったのでご紹介したい。それは最近約1月の入院を余儀なくされたからである。入院にあたって持参したものはスマホ、タブレット端末、それと小金が入った財布でそれ以外は石鹸、シャンプー、歯磨位いなもの、これでどれだけ入院生活が楽しくできるか実験であった。以前も入院の経験があったが、その時は本や、雑誌等を山ほど買い込み、それで暇な時間を潰すことしかなかったので心底飽きるという感覚を味わってきたので、タブレット端末、スマホの持参がどれだけ効果が現れるか開始である。入院開始してタブレット端末持参の効果は直ぐに感じた、第一に入院しながらも仕事ができた事である、入院であるので当然事務所には行けないのであるが、日々変化する会社情報は絶えず入ってくるので、事務所にいるときほど多岐に動き回れるわけではなかったが、事業推進には若干貢献できたことはともすると入院で会社の貢献できないのではと折れそうになる気持ちを支えてくれた。第二は仕事以外での時間潰しである、これは病院での入院生活は1日2回の担当医師の回診が必ずあるがその多くは1時間以内に終了する、残りの24時間の内訳を考えると9時消灯6時起床が規則正しく繰り返されるので睡眠が一番長い、従って昼に暇だからと言って昼寝をしてしまうと夜眠ることができなくなるので絶対に昼寝を避けると昼の15時間近くをなんとか有意義に潰していくことが必要になってくる。そこで今回はタブレット端末、スマホの登場であるがこれを相手に時間と戦うことにした。このタブレット端末にお願いしたのは「読書」、「映画、動画鑑賞」、「音楽鑑賞」、「落語鑑賞」、「日記記入」、「ゲームプレイ」、「新聞購読」、「写真鑑賞」、等である。特に「読書」が簡単にできるということは非常に有難かった、インターネットのサイトの中で「青空文庫」というサイトがある、これは日本国内において著作権が消滅した文学作品、あるいは著作権者が当サイトに許諾した文学作品が無料で読むことができるすぐれものである。このサイトには入院中大変お世話になり、夏目漱石、芥川龍之介、太宰治、永井荷風、吉川英治、伊藤左千夫、下村湖人、坂口安吾、北大路魯山人などの方々には本当にお世話になったような気がする。またこれらの文学は青春時代に読んだものも多かったが改めて読み直してみると当時感じたものと違った感想を多く持ったような気がするし、違った意味での新鮮さを感じた。落語の世界で三遊亭圓朝が創作した「神経累ヶ淵」というお話があるが、このは話は長く、三遊亭圓生が数時間かけて語っているのを聴いていたが、最後の結びが語られていないので中途半端な気持ちが残りなんとか知りたいと思っていたが、青空文庫の中でその本があることがわかったときは夢中で読み、結末を知ることが出来たときは長年の胸のつかえが取れたようなきがした。また美食家達が書く随筆はとても面白かったが、毎日入院食を繰り返し食べている自分と、美食家が書く文学の世界と落差が大きくショックを受け、その夜の食事がスムーズに喉を通らなくなるという副作用には悩まされた。また映画動画の世界では無料から数百円のレンタル料を払って映画鑑賞をすることがあったが、2時間ほどの映画を自分一人で独占できるのは有難かった。読書、映画鑑賞に飽きれば音楽鑑賞、ゲーム、新しいアプリケーション探し等次々に楽しめたことは確かである。では入院が楽しかったかと聞かれればそうではなく楽しいものではないが、これがなかったらもっと辛い時間つぶしが待っていただろうと思う。

思えば私の子供の頃は家に「文明の利器」と呼ばれるものが皆無だと記憶している。ただ裸電球が1,2個と螺巻時計が1個あるだけであったが、次第にカメラ、ラジオ、テレビ、洗濯機、炊飯器が増えるなどして段々便利な生活が送れるようになってきた。そのうちに電話機が固定から携帯に移行したのはこの10年位の間ではないだろうか、凄まじく便利になったり、これがない生活が考えられなくなってきた、仕事においてもタブレット端末が離せなくなりつつある。しかしタブレット端末にしてもスマホにしても便利な機能は備えているがこれを使いこなす力が失われつつあることは自分の歳を考えると致し方がないのであろうか。しかしこの便利な機能を使わずに過ごすのは誠に勿体無い、今後も技術が発達するに従いもっと高度な機能が現れるであろう、これらを使わないのも勿体無い、歳とは言わず何とか努力して便利さをこれからも追求し仕事に、私生活に便利さを追求していきたいものである。

ねいろや

7月 11th, 2013

去年、単発で終わってしまったかき氷行脚。

今年もめちゃくちゃ暑いので少しづつアップしていきます。

今年の第一弾は荻窪のラーメン屋兼かき氷屋のねいろ屋さん。

ピスタチオミルクめちゃくちゃ旨し!

店名     ねいろ屋
TEL・予約  03-3392-2878
住所     東京都杉並区天沼3-26-14
営業時間  [月~金]11:30~18:00(かき氷は14:00~)
        [土・日・祝]11:30~17:00(かき氷は11:30~)
定休日    火・第2第4水曜日

絵でわかる自然エネルギー

6月 13th, 2013


御園生誠・小島巖・片岡俊郎著
この本を研究室の先輩で、東大名誉教授、元日本化学会会長の御園生誠さんから戴いた。この本の中にもある「高い目標に向かって努力することは良いことで、そのための犠牲は惜しくない」という言葉を、あの鳩山元首相が2020年にCO2の25%削減を国連総会で約束した時、私が言ったと批判され、記憶になかったので反論したことが切っ掛けになったようだ。
御園生誠さんの持論が、豊富なデータにより展開されている。
まずは「エネルギー問題の全体像」が描かれる。エネルギーの基礎知識として、エネルギーとは何かから説き起こし、エネルギーの半分が無駄になっている、エネルギーには一次と二次があること、薪や炭は旧バイオ燃料に属し未だに重要なエネルギー源であること、環境発展と環境負荷の関係を表す環境グズネッツ曲線のこと、「ある」と「使える」との違い、わが国のエネルギー事情、地球のエネルギー事情、エネルギーの流れ、エネルギーの単位などなど、ここでエネルギーの基礎知識が十分に得られる。次いで自然エネルギーについて言及。自然エネルギーは再生可能エネルギーとはほぼ同じ意味であること、旧型(在来型)と」新型とに分けて考えること、自然エネルギーは全電力の20%に過ぎないことを喚起する。そして、新・自然エネルギーの特徴と課題が明確にされる。
次いで、「自然エネルギー百花繚乱」と題して、太陽光発電、太陽熱、地熱、風力発電、水力発電、波力発電、潮汐発電、温度差発電、バイオマスについてそれぞれの特徴と課題が明快に述べられていく。巷では太陽光発電が本命と言われているが、コスト的に見て果たしてそうであるのか、寧ろ太陽熱を利用した方が有効ではないかなどの議論が展開されていく。そして、とくにわが国においては地熱発電が重要であることが主張される。バイオマスについてはまだまだで、特にサトウキビやトウモロコシを使用することに対しては厳しい批判を加えている。
さらに、「電力を節約して貯める」と題して省エネルギー及び」電力の貯蔵の重要性を説いている。節約は勿論重要であるが、さらに電力の貯蔵の問題こそ重要だとしている。揚水発電、水素貯蔵、蓄電池について述べているが、蓄電池への期待感は高い。但し、コストと資源問題など課題は多いとしている。またスマートグリッドも今後重要になってくると結んでいる。
最後に「21世紀の日本のエネルギー戦略」をかなり具体的に提言している。そこには既存エネルギー、特に原子力を考慮に入れた新エネルギー戦略が打ち出されている。ひとつの見識として大いに評価できる内容だと思っている。
「高い目標に向かって努力することは良いことで、そのための犠牲は惜しくない」という言葉は「高い目標に向かって努力することは良いことではあるが、性急ではなく地に足を付けて行うべきだ」という言葉が聞こえてきた。この本を一読してひとりひとりがこの問題を真剣に考えることの大切さを実感させられた。
                                松尾 仁

神楽坂行きつけの店 

1月 31st, 2013

「お客様は神様です」これは裏を返せば、「お客様はどうしようもなく我儘です」と言うことになる。これまで神楽坂の昼食処を蕎麦やスパゲッティーなどのジャンル別、ちょっといい店と言うタイトルなどで紹介した。しかし、そこで取り上げた店が余り行きたくない店に変わり、全く行かなくなってしまった店も出てきた。小さな約束が守られなかったこと、微妙に客の私への対応が変わったこと、味が微妙に落ちたことなどが原因である。また、新たに見つけたいい店もある。神楽坂に会社が引っ越してきて2年半、大体行く店は決まってきた。そんな店を紹介したい。まずは毎週必ずと言っていいほど行く店3店。以前にも登場した「ゆかり」と「串亭」に新たに毎週行くよ
うになった「一邑」を紹介する。
 まずは、今年の夏に再認識した「一邑」。魚中心の料理を昼も夜も堪能できていて、昼は毎週必ず1回は行く。女将さんと彼女が親方と呼ぶ和歌山県出身の板前さんがコンビ。女将さんは一升酒も苦にしない豪傑風の中に神経細やかなもてなしが心地よい。親方の料理は関西風に江戸風が加わった独特の味。昼は数品の魚料理が全て1000円で食べられる。特にぎんむつの焼き魚、鯛茶漬けは定番で、その他に鯖、鮭など季節に応じて種々の魚が主に焼き魚として多彩な味付けで登場してくる。ご飯は御櫃で出てきて自分で好きなだけ食べられ、味もいい。最後に出てくるデザートも毎日変わり、ちょっと粋な趣向で楽しませてくれる。
夜もここはなかなかいい。写真は昨年12月に味わったアンコウ鍋中心の料理。上の写真が前菜とここしか飲めないビール。下の写真がアンコウ鍋に女将さんがアンコウをまさに鍋に入れようとする瞬間を撮影したもの。料理は目と鼻と舌で楽しむものとはよく言ったものだと思ったひと時であった。夜はさらに2度ほど行っているが、魚料理を存分に楽しませてくれるいい店である。


 次いで「ゆかり」。ここは既に2度紹介しているが、現在でも続いている。漬丼と日替わりがお勧めのメニュー。漬丼はマグロがどんぶりに綺麗に並べられ、醤油と生姜と山葵が実に調和よく味付けされていて、マグロの新鮮さにマッチし、ご飯も美味しい。それに付いてくる蕎麦が絶品。それで900円は満足度からいくと安価である。次いで、子持ち鰈や鯖の煮付けなど日替わりの煮魚が絶妙の味を醸し出す。山芋のすり身が付いてくるがそれがまたいい。板前さんは毎日築地から来る魚を吟味していいものだけを料理に使うと言う。そして、何と言ってもいつも素晴らしい笑顔で迎えてくれるYさんには行くたびに癒される。そして、必ず最後戸口まであの笑顔で送り出してくれ、手を振って深々と頭を下げるあの姿を見るとまた来ようと言う気に必ずさせてくれる。板前さんは利き酒の免許を持っていると言う。一度夜行ってみたい店の一つである。但し、この店、今年の1月で昼食はしばらく休みになると言う。残念であると同時に必ずや再開して欲しいと強く願っている。

 三番目に「串亭」。以前紹介したシェフは1年前に突然辞めてしまったが、その後二人のシェフが交代で引き継いでおり、味は全く変わらないと言っていい。また女性のTさんはその後店長になり、チェーン店の二子玉川店や恵比寿の本店などに一時出ていたが、最近戻ってきて相変わらずの魅力を振りまいている。ともかくここは落ち着いた雰囲気があり、週一度行かないとリズムが崩れてしまう感覚を持たせてくれる。まだ夜は行っていないが、今年中には一度実現したいと思っている。
 その他、週一度とはいかないが、暫く行かないと口寂しくなる店として、蕎麦の店「もんど」、日本封韓国料理の店「翔山亭」、親子丼の店「あべの」がある。この3軒はいずれも以前に紹介していて、あの時の印象がずうっと続いている。
そして、このジャンルに入るラーメンの店を新たに紹介したい。ひとつは昔ながらの中華そば屋「マルナカ」。写真にあるように2種類しかないが、ラーメンというよりは中華そばと言う表現がぴったりのシンプルさとあっさりとしているがコクのある味が人を大いに引き付ける。麺は太めで腰があって香りもよくいうことなし。価格も550円と安く、いつもそれに美味しい焼き豚が数枚入ったチャーシューメンを頼むが750円と安くそれで十分過ぎるほど満腹感で満たされる。

 次いで、「俺流ラーメン神楽坂店」。ここは券を自動販売機で買うので何となく安っぽく感じてずっと敬遠していたが、ある日思い切って入って、きめの細かい注文に満足感を覚えた。まず種類が多く、しかもその一つ一つに量と味のこってり感と麺の太さを選択できる。味はよく、麺も腰があり、上記の中華そば屋の対極として存在感がある。