科学と芸術‐4

芸術の中の科学性

科学の中の芸術性について前回述べたが、今ふと思うとそれはロマンと言う言葉がぴったりするように思える。科学の中のロマン、偉大な発見発明は情熱の迸りの後に来る、これぞ科学の中のロマンであり、芸術性なのだと思う。今回は芸術の中の科学性と言ったテーマを取り上げてみた。

芸術は感性の世界だと言うが、そこには様式と言う秩序が存在する。これこそが芸術の科学性だと思う。様式とは、音楽で言えば、バロック時代のポリフォニーからその後のホモフォニー、ハイドンやモーツアルトによって完成させられたソナタ形式、ソナタ形式を超えていったロマン派、印象派、シェーンベルグの12音階形式などが浮かぶ。文学においては、漢詩や西洋詩における韻を踏むこと、俳句における五七五や和歌における五七五七七と言った言葉数の制限も様式である。また、西洋美術における、ゴシック、ルネサンス、バロック、ロココ、ロマン、写実、印象、象徴、モダンなどの形式あるいは主義、日本画における仏画、大和絵、水墨画、屏風絵なども様式と言える。一流の芸術に備わるものは何か。それはその時代時代により上述した形式を守ることにより醸し出される秩序ある気品ではないか。そして、それこそが芸術の崇高さなのだと思う。

この様式と言う秩序は客観性と言う言葉の中に含まれると思う。科学は結果において徹底した客観性が求められる。寸分の主観も許されない。勿論、過程において、発想において主観は重要であることは言うまでもない。しかし、結果は他人が検証し、誰もが納得できるものでなければならない。つまり徹底した客観性が必要である。

芸術にも科学ほど厳格ではないが客観性が求められる。時代を超えて残っていく芸術作品は客観性を備えている。その時代に一世を風靡しても、その時代が過ぎると色あせてやがて忘れ去られていく作品は星の数ほどあると言われる。残らなかった作品は客観性において足らなかったと言うことではないのか。いつの時代にも人々の心に充実感をもたらす芸術こそが客観性を勝ち得たものなのである。この場合の客観性は永遠性と言う方が適切な表現かもしれない。ここでの永遠とは普遍性と同じでいつまでも価値が衰えないと言うことである。勿論評価するのは人間である。いや評価できるのは人間だけである。古代の芸術に接し、現代の芸術と比較すると永遠性を勝ち得た作品は共通した価値を有している。深い感動と大きな充実感を与えてくれる。古代から現代にいるまで人の精神的レベルは変わっていないことを改めて認識する。

これからも一流の芸術作品に接し、偉大な科学の真髄に触れて、充実した時を過ごしていきたいと思っている。