児玉俊一著「日本のフッ素化学の源流をたずねて(1830~1970年)の感想文 松尾仁

6月 4th, 2018

以前にも紹介したことがある、元旭硝子の児玉俊一さんから謹呈された表題の本の読後感を綴ってみた。以前、ここで紹介したのは「フッ素の化学史に学ぶ」で、フッ素化学の発展の推移が簡潔に述べられ、司馬遼太郎の精神が貫かれているということ、つまり人間がそこに描かれているということを述べた。そして、「第1部、第2部ともに1960年ごろまでの歴史であり、まさにフッ素化学が工業として最盛期を迎える手前までの話であり、ポイントを突いた資料の収集と構成が素晴らしく、それに何といっても先に述べた司馬遼太郎の世界がベースに流れているという点にこの本の価値があると思っている。

但し、歴史というのは、そこに学び、今後のどうつなげていくかということがもう一つの大きなテーマであると思うので、今後、さらにフッ素化学の歴史を詳細に調べて、そこで行われた実験や考察の中から、将来への提言につなげていっていただければ鬼に金棒という気がする。児玉さんは今後もフッ素化学の歴史を探求していくようなので、次の機会にそのような提言を期待してやまない。」と結んだ。

今回は日本のフッ素化学の1970年までの歴史である。1837年、宇田川榕庵の「舎密開宗」の出版に始まり、呉羽化学工業がPVDFの生産開始した1970年までの学会、工業会の歴史である。私も1970年代前半に旭硝子に入り、フッ素化学の開発に従事したので、懐かしい名前のオンパレードであった。「フッ素化学史に学ぶ」同様、ポイントを突いた資料の収集と構成がここでも実現されており、その努力には頭が下がる思いであった。但し、わが国のフッ素の真の興隆期は1970年以降である。私も経験したが、デュポンや3M社の特許を読み、それを追試しながらわが国独自の技術の確立に没頭した時期は1960年代後半から始まったのである。その後20年の間に、テトラフルオロエチレン(TFE)とエチレンの共重合体ETFE(耐候性フッ素フィルム)、TFEとプロピレンとの共重合体(耐薬品性フッ素ゴム)、高性能高耐久性撥水撥油剤、フルオロエチレンとビニルエーテルとの共重合体FEVE(耐候性塗料)、TFEとSO3HあるいはCOOH含有パーフルオロビニルエーテルとの共重合体(イオン交換膜)、パーフルオロアモルファスポリマーCYTOP(透明フッ素樹脂)、パーフルオロビニルエーテルポリマー(指紋付着防止剤)などなどわが国が世界に誇る技術を工業化し、フッ素の隆盛期をもたらしたのである。その大部分が旭硝子の技術であるが、児玉さんはその出現の前で日本のフッ素化学史をストップさせている。「フッ素化学史に学ぶ」の冒頭で述べたように彼の性格からすると私が上で述べた彼も深くかかわった開発の歴史をあえて取り上げなかったことは十分考えられるが、私からするとやはり納得がいかない。そこで、敢えてささやかながらその開発の歴史をここに述べさせていただいた。勿論これ以上は言うまい。ここで述べたことは今回の「日本のフッ素化学の源流をたずねて」という素晴らしい著書をいささかもゆるがせないと思っているからである。まあ、私の勇み足とでも位置付けていただいて結構だと思っている。しかし、矢張り書かざるを得なかったことも理解していただければと思っている。

尚、彼の最初の著述「フッ素化学史に学ぶ」の書評についてご参考までに下記に掲げる。

フッ素の化学史に学ぶ 児玉俊一

児玉さんは嘗て旭硝子の研究所で同じ釜の飯を食べた仲間の一人。その印

象は、穏やかだが燃える心を秘めている人。彼が大グループを率いた時、部

下から慕われ、統率力があると評価していたが、本人の希望は常に実験を愛

し、ともかく少人数で研究だけをやりたいとのことであった。その彼が本を

書き、非売品ながら出版し、一冊送ってきてくれた。さっそく読んだとこ

ろ、実に面白かったのでここに紹介したい。

優れた歴史書は、読んだとき、タイムマシーンでその時代に飛び、臨場感

に浸れることと、登場人物が生き生きと蘇り、好きでも嫌いでもその人とと

もに別の人生をおくる気分に浸れることだと思う。そして、主人公を取り巻

く人々、環境を手際よく描き、歴史の重みを感じさせることも重要だと思

う。その条件を満たしている歴史小説家としては司馬遼太郎が思い浮かぶ。

本書は二つの部分からなる。第1部、日本におけるフッ素化学の先駆者たち

と第2部「フッ素」を築いた人々である。この本を読んでまず感じたのはフッ

素化学という特殊な分野の歴史の底を司馬遼太郎が流れているということで

ある。それは、彼の著書である坂の上の雲などを引用している点からも覗え

るが、蛍石、フッ酸、氷晶石、フロン、テフロンなどの発見、発明にまつわ

る話が人物中心であり、その人物を取り巻く環境が臨場感あふれる表現で描

かれている点において、司馬遼太郎風の歴史観が漂っていると感じたからで

ある。

特に第1部は、第1章フッ素のことはじめと題して、1837年宇田川榕庵が

「舎密開宗」を出版しその中にフッ素についての記事があるということから

出発していて興味深かった。「舎密開宗」の舎密(セイミ)はラテン語系オラン

ダ語のChemie(化学)の音訳であり、開宗(かいそう)はもののおおもとを啓発

するという意味だと記し、彼の簡単な略歴とともに幼少のころから博物学を

好んだこと、コーヒーの日本への紹介者だったことなどが述べられている。

舎密を化学としたのは幕末・明治維新の蘭学者、川本幸民で1861年出版され

た「化学新書」に登場する。「舎密開宗」には弗素の名の由来が示され、

「化学新書」にはフッ素ガスおよびフッ素化合物についての記載が見いだせ

るとし、その記述部分を資料として提出している。こういう書き出しは、

フッ素化学の専門家にとってはたまらないものであるが、多分そうでない歴

史の好きな人なら大いなる興味を持つのではないかと思う。ことほど左様

に、第2章欧米からのフッ素の移入、第3章フッ素化合物の国産化と萌芽的研

究の始まり、第4章戦後のフッ素化学においても同様の印象を持った。

第2部の「フッ素」を築いた人々では、アグリゴラの蛍石、シェーレのフッ

化水素酸、モアッサンのフッ素ガス、ミジリーのフロンガス、プランケット

のフッ素樹脂(テフロン、PTFE)をとりあげ、その人物論、その発見発明に至

る経緯とそれが及ぼした影響について記述しているが、臨場感あふれる表現

が印象的で、面白い読み物の印象が強かった。

第1部、第2部ともに1960年ごろまでの歴史であり、まさにフッ素化学が工

業として最盛期を迎える手前までの話であり、ポイントを突いた資料の収

集と構成が素晴らしく、それに何といっても先に述べた司馬遼太郎の世界

がベースに流れているという点にこの本の価値があると思っている。

但し、歴史というのは、そこに学び、今後のどうつなげていくかというこ

とがもう一つの大きなテーマであると思うので、今後、さらにフッ素化学

の歴史を詳細に調べて、そこで行われた実験や考察の中から、将来への提

言につなげていっていただければ鬼に金棒という気がする。児玉さんは今

後もフッ素化学の歴史を探求していくようなので、次の機会にそのような

提言を期待してやまない。

 

平成30年新年のあいさつ

12月 31st, 2017

新年あけましておめでとうございます。皆様におかれましては本年が良い年であることをお祈りし、本年も変わらぬご厚情をよろしくお願いいたします。

 

弊社は2006年に創業し今年で12年目に入ります。そして2017年5月期は創業以来最高売上収益を記録することが出来ました。これも偏に皆様のご支援、ご指導の下に達成できた記録でありますことを心より御礼申し上げます。また創業以来フッ素に関する情報収集し、技術情報誌を刊行、フッ素技術コンサルティング、そしてフッ素系表面改質剤の製造販売を行ってまいりました。この間蓄積して技術情報量と技術ノウハウは膨大な財産となり、今日の事業推進の礎をなしております。 先の記録は反映と考えております。

 

昨年はトランプ政権発足や、英国EU離脱、北朝鮮の挑発等政局の不安定さが散見され、企業の法順守ではでは企業倫理が疑われるような出来事もありました。また今日の技術革新はIT産業、自動車産業、医療産業など凄まじい勢いで変化しております。このような中で私共は危機感を持って経営し、より正確な情報収集と、より特徴がある新製品の創出に励んでまいります。

 

結びに、今年は経済環境、法規制環境は増々厳しくなるものと考えられます。皆様におかれましては今年のご発展とご健勝をお祈り申し上げます。

 

 

平成28年元旦

 

 

代表取締役社長 富永安里

 

フッ素化学と芸術

10月 31st, 2017

私は現在、株式会社FT-Netという会社の経営に携わり、月曜日から金曜日まではフルタイムで働いている。FT-Netという会社はフッ素系のコーティング剤事業、フッ素関連情報誌の発行、コンサルティングなどを行っていて、いわばフッ素化学の仕事をしていると言っていい。一方、会社を離れると松尾文化研究所の運営にかかわっている。文学、音楽、美術といった芸術に親しみ、それに関する文章を書いてブログに掲載することが主な内容である。会社を離れるとは、往き帰りの電車や帰宅後の

家の中、土曜日、日曜日はこちらの仕事を主に行っている。期せずして、FT-Netと松尾文化研究所は2006年に始めたものである。幸いいずれもこの11年間、順調に発展してきたと考えている。ここではその経緯を含めてフッ素化学への思いと芸術

への思いを語ることができればと考えている。

私がフッ素化学に従事したのは旭硝子に入社してからである。フッ素ゴム、撥水撥油剤、防汚加工剤、医薬・農薬中間体などの開発に直接従事し、管理職になってからはフッ素樹脂、フッ素塗料、フルオロカーボンなどにもかかわった。入社当時はフッ素は期待の星で何をやっても新しいことのような気がした。しかし、10年、20年と経過するうちに環境問題などの影響もあるが、なかなか新製品を出せない状況で大いに苦労したことが思い出される。旭硝子定年後、韓国の会社にいたこともあるが、FT-Netを起こし、フッ素にどっぷりとつかる環境が得られ、フッ素への思いがますます強くなっている今日この頃である。特に情報誌を作成するために、毎月特許1000件、文献500件に目を通し、業界紙を隅から隅まで読んでフッ素関連記事を抽出し纏めていて、まさにフッ素漬けの毎日であり、フッ素の面白さ、奥深さを実感しているのである。フッ素の文献・特許を見ているとあの頃のような画期的な技術の発展は減っていることは間違いないが、それでも日々発展しているということをひしひしと感じる。この十年の歩みという観点で考えてみると、環境問題における新フルオロカーボンHFOの出現、半導体リソグラフィーにおけるArFおよびArF液浸技術に伴うフォトレジスト、フッ素系液晶材料の進展、リチウム二次電池や燃料電池におけるフッ素系電解質の進展、新規フッ素系医薬・農薬の開発と新フッ素化合成技術の開発、工業材料としてフッ素ポリマーのナノコンポジット技術の進展などなど枚挙にいとまがない。こうした技術は従事している研究者の熱意とたゆまない努力の賜物であることは言うまでもないが、それ以上にそこで働く勘だとか神仏のような偉大な存在によるお導きのようなものが多々あるのだと思う。常にそのことばかりが頭を離れないでいるとき、ふと目の前に新しいアイディアが現れ助けてくれた、そんな経験をされたことがある研究者は少なくないのではないかと思う。それが世紀の大発見でなくてもほんの小さなことで

その瞬間の喜びは大変なものなのである。私にはそういった喜びは化学でしかない

が、芸術も同じだと思っている。

文学にしろ、音楽にしろ、美術にしろ、一筋縄ではいかない努力の結果としての作品や演奏でなければ人の心を打たないと思う。勿論、努力だけではなく、芸術家が生来持っている才能やセンスがより重要かもしれない。とは言っても、これが働くのは努力に次ぐ努力に喘いで壁にぶち当たった時だといわれる。これも偉大な存在のお導きという表現で表されるのかもしれない。そこに科学と芸術の共通点がある。さらに出来上がった技術と作品あるいは演奏に共通するもの、それは美であると思う。美とは何か。それは人の心をとらえ、心に入り込み、充実感を与えてくれるものと私は思う。具体例を挙げてみよう。私は陶磁器が好きで静嘉堂文庫美術館、五島美術館や根津美術館などによく見に行く。深い緑と得も言われぬ形の青磁の壺、光を受けて神秘的な輝きを放つ曜変あるいは油滴天目茶碗、楚々とした色と形の井戸茶碗、厚みと微妙な歪みが魅力的な志野茶碗、柿右衛門の赤と深い青が無類の清潔感を醸し出す伊万里焼などなどいつまでも眺めていたい美しさが心にとてつもない充実感を与えてくれる。一流の音楽家の情熱と技術と音楽性がアウフヘーベンされた生演奏を聴いて涙が止まらず嗚咽を伴った感動を覚えるとき、心は充実感で満たされる。まさに至福の時なのである。さらにルノワールの「ブージヴァルのダンス」はボストン美術館で感動し、次の日もその絵の前に駆け付けたり、長野のシャガール美術館で、シャガールの夢の世界にたゆたったり、国立博物館で黒田清輝の「湖畔」に出合い釘付けになったり、小淵沢の平山郁夫美術館で、平山郁夫の描くシルクロードに浮かぶ月の美しさに目を見張ったことなどなど一流の画家の作品を鑑賞するとき、切り取った自

然美が目を通して心に染み入ってきて、とんでもない充実感を覚えるのである。

科学においてもニュートン、アインシュタイン、シュレディンガーなどの物理の法則はそれぞれ、F=ma、E=mc2、 と一つの式で表される。それはいずれもとてつもなく美しいと思う。また、ニュートンの古典力学からファラデー・マクスウエルの電磁場理論、アインシュタインの相対性理論、シュレディンガーやディラックの量子力学へと発展していった過程の美しさは実に感動的である。数学におけるオイラーの定理:eiπ + 1= 0やフィボナッチ数:Fn + 2 = Fn + Fn + 1 (n≧ 0)、フェルマーの最終定理:n≥3 のとき、 x n +y n=z n を満たす自然数 x,y,z  は存在しない、などの美しさも物理学に勝るとも劣らない。何故にこんなに美しいのか、ただただ、自然の偉大さ、それを見出

した偉大なる科学者に畏敬の念を抱かざるを得ない。

そういった偉大な発見には程遠いが、自分自身の経験においてささやかな技術の進歩が目標を達成した時、その結果はやはり美しく、大いなる充実感を味わえたことも付け加えておきたい。科学と芸術にはこのように共通点が存在する。科学は私にと

ってはフッ素化学である。だからフッ素化学と芸術の共通点と言える。

最後にフッ素化学における偉大な発見を述べてみたい。1771年のカール・シェーレによる無水フッ酸の発見、1886年のアンリー・モアサンによるフッ素ガスの発見、1938年のロイ・プランケットによるPTFEの発見、1948年の撥水撥油性やPVDFの発見などがフッ素化学の隆盛を招いたことは言うまでもないが、その後、含フッ素生理活性物質や含フッ素液晶をはじめとして上記に述べたリチウム二次電池や燃料電池の電解質材料などなどが次々と開発され、エレクトロニクス、エネルギー、ライフサイエンス、工業材料などほとんどあらゆる分野でなくてはならない存在になっている現実を見るとそこには情熱と鋭い勘を持った研究者が存在し、更なる発展を期待して日々努力してきた姿が目に浮かんでくるのである。彼らは当然、目標をクリアした時に大いなる充実感とともにその成果にとてつもない美を見出しているのではないだろうか。それは偉大な芸術に接したときに感じた美と同質のものであったと感じている

のではないだろうか。

ここで最後にささやかではあるが私自身の経験を述べてみたい。旭硝子時代撥水撥油剤の開発を行っていたが、その時、Rf含有アクリレート共重合体のラテックスが製品であった。その性能はラテックスの美しさで判断できた。高性能のラテックスは光輝くばかりの水分散体であり、性能が低いものは光の輝きがなくすぐに判断できた。また、撥水性試験はいわゆるシャワーテストで行ったが、45度に傾けた処理布に水滴をシャワーのように降り注ぎ、その撥き具合で判断するのであるが、高性能のものは大きく美しく飛び跳ね、一滴も水滴を布上に残さなかった。一方、性能が低いものは水滴がまとわりつくように撥ねて幾筋もの水流が汚らしく布上を駆け巡っていた。ほんの一例であるが、他にもこういった経験はあり、優れた製品は美しいという印象を

何度も持ったことが思い出される。

今後どのくらい生きることができるのかわからない。しかし、生きている限り、フッ素化学の世界に浸り、芸術の世界に浸って美を求め、心の充実を味わいたいと思っている。

 

第4回フッ素のロマンを語る会

2月 27th, 2017

日時:2月9日14時~17時

場所:旭硝子本社

出席者:大春(戦略家企画室長)、前川(開発部長)、森澤(特別研究員)、白川主幹、森島主幹、中島主席他約30名の研究開発関係者(旭硝子化学品カンパニー)

講演者:田口、清水、松尾

内容:旭硝子森澤氏の司会でまずは松尾が「フッ素のこの十年の動き」、次いで清水が「フッ素ポリマーの技術進化から考えること」、最後に田口が「フッ素化反応および脱フッ素化反応の最近の進歩から」の題目で講演した。各講演者のフッ素に対する熱い気持ちが会場を覆った感じで講演後の出席者からは感動したとの声が多かった。

講演後、丸の内の料理屋に場所を移し、10名ほどで懇談を行ったが、活発な議論が行われた。

こういう形でフッ素のロマンを語る会のメンバーが各地を回り、フッ素の面白さを語っていくことも一つのやり方ではないかとメンバー同士で話し合った。

 

平成29年新年ご挨拶

12月 31st, 2016

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

株式会社FT-Netが誕生したのは2006年10月、昨年10年の節目を迎えました。この間、お陰様で順調に推移し、ようやく一人前の会社に成長したと自負しております。と言いますのは、企業は永遠なりのモットーは根付き始めており、新規事業も続々と誕生の可能性が湧いてまいりました昨今であるからです。

このことはひとえにユーザー様や委託製造会社様、原料メーカー様、ディーラー様の絶大なるご支援の賜物と深く感謝いたしております。それと同時に我々スタッフが私心を捨て、ただただ会社の発展を願って、それぞれの役割を全うし、日々努力してきたことも挙げられると思っております。

常々述べていることですが、FT-Netは二つの大きな事業領域があります。一つはフッ素系潤滑剤やフッ素系コーテイング剤などの製品を開発・製造・販売している事業であり、売り上げの大部分はこの事業領域に依っています。二つは、新聞情報・文献情報・特許情報を集めて月刊誌を作成し、ユーザー様やフッ素メーカー様に購読していただいていることです。

我々はこのことを文武両道と称して、前者は世の中の経済活動に寄与し、後者いわゆる企業文化として、フッ素化学の発展に寄与したいと日々努力を続けている次第です。そういう意味では、一昨年私と元九州大学の園田高明さんが提案し、東京薬科大学名誉教授田口武夫さん、元ダイキン工業の清水哲男さん、産業総合研究所の小野泰蔵さんと言ったフッ素の世界の大御所と結成した「フッ素のロマンを語る会」の活動において、私が話題提供を続けることができていることは、弊社が有しているフッ素関連情報のお陰だと思っています。

本年もFT-Netの発展のために心血を注ぐ覚悟でございます。皆々様の益々のご支援ご鞭撻をお願いして新年のあいさつとさせていただきます。

最後に皆様のご健勝を心からお祈りいたします。

代表取締役会長 松尾 仁

 

第45回神楽坂祭り

8月 2nd, 2016

7月末の土曜日、本格的な夏空の下、第45回を迎えた神楽坂祭りに行った。これまで2回ほど行ったことがあるが、いずれも金曜日だった記憶がある。つまり会社の帰りに立ち寄ったと言う訳である。この祭りは何故か阿波踊りが出し物である。午後3時半ごろ、家を出て神楽坂に向かう。まさに通勤と同じコースである。但し、ラッシュアワーではないので悠々と座れて、冷房が寒いくらいに効いていた。神楽赤に着いたのは午後5時前、神楽坂の大通りはまだ歩行者天国にはなっていなかったが、写真に示すように祭りの雰囲気が伝わってきた。

毘沙門天の前で浴衣姿の美人がいたので少々ピンボケだが写真に収めたので載せる。

商店街はほとんどが店の前に出店を出して食べ物などを販売していた。昨日まで出ていたよしず張りの屋台の列は取り払われていた。小腹が空いたので五十番の店の前に出ていたワンコインの肉まんとビールのセットを買った。食べ歩きができるように設えてあり、道行く人も食べ歩きをしていたが、何となく気が引けたので、神楽坂大通り(早稲田通り)と大久保通りとの交差点の先に公園があるのを思い出し、そこへ足を運んだ。公園は比較的空いていて藤棚の下にベンチがあったのでそこに腰かけて、ビールを飲みながら肉まんを頬張った。ビールの酔いが身体中に充満し、ぼんやりと公園内の動きを見つめていた。ゆっくりと時が流れていく。少し離れたベンチで男性が鳩や雀に餌をやっていて、それぞれ10羽以上の鳥が集まっていた。餌の取り合いは結構厳しく、折角得てもほかの鳥に取られてしまう光景にのどかな風景の中に自然の厳しさを感じさせられた。午後6時過ぎに公園を出て再び神楽坂大通りへ。かなりの人が出ていて、道路の縁に陣取り、阿波踊りの一行を待ち受けている。

やがて、先の交差点の向こうから子供によるの阿波踊りの一行が姿を現した。

そして、次々に町ごと、団体ごとのグループごとに続いていった。もはや歩道は満杯で歩くことも困難な状況であった。太鼓と笛の音が腹と頭に響き渡ってくるようだった。そして、子供たちの元気な掛け声が心を揺さぶった。

本格的な阿波踊りは7時からだと言うので、何とか歩道を歩いて神楽坂大通りの入り口付近にある紀の善に入り込み、卵雑煮とみつ豆を頼んだ。30分かけてゆっくりと食べ、7時に表へ出ると、すでに阿波踊りは始まっていた。矢張りこちらは迫力が違う。菅笠をつけた浴衣姿の女性群の踊りは祭りの最高潮の雰囲気を作り出すのにあの三社祭の神輿にも匹敵するものであった。但し、何枚か写真を撮ったのだが、いずれもピンボケで、何とか雰囲気が伝わるものとしては下記のものしかなかったのが残念であった。

確かに日本人は祭好きである。浅草の三社祭、神田明神祭、京都の祇園祭、青森のねぶた祭、秋田の竿燈祭、七夕まつりなどなどこれまで多くの祭りを見てきたが、踊る人々、それを見物する人々の中に大いなる活気が漲っていて、今回改めてしみじみとそのことを想った。

第3回フッ素ロマンの会

7月 29th, 2016

日時 2016714時~17

場所 三菱マテリアル電子化成(秋田市)

出席者 三菱マテリアル電子化成

越村社長、中村副社長、本田所長、白石副社長、神谷主研、魚谷氏他20

三菱マテリアル 中央研究所のメンバー数人がテレビ電話参加

園田高明、喜多房次(LIBTEC)、熊谷勉(滋賀県立大学名誉教授)、松尾仁()

スケジュール

越村社長の挨拶

園田高明氏の趣旨説明

喜多房次氏講演「先進リチウムイオン電池用フッ素化有機リチウム塩の電解液・電池特性と今後への期待」

松尾仁講演「リチウムイオン二次電池におけるフッ素系材料の最近の動向」

フリーディスカション

茨島荘にて会食

内容 喜多房次氏の講演については提供した資料の内容で講演。

まずは、LiBの現状と課題をあげ、長寿命で高温安定性の先進LiBを開発することが必要であり、さらに安全性と低コスト化は実用化において必須条件と説く。

そして、LiBの原理を紹介後、電解液としてリチウム塩の望ましい条件を列挙。

それに適っているのが有機リチウム塩で、特に含フッ素有機リチウム塩が望ましいとした。

次いで本題に入り、次に示す表題ごとに講演がなされた。

1、フッ素化有機リチウム塩を用いた電解液のイオン電導度と耐酸化性

2、フッ素化有機リチウム塩を用いた電池の評価結果

3、LiPF6由来のフッ素系有機リチウム塩を用いた電解液の性質と電池特性評価結果

4、まとめとフッ素化有機リチウム塩への期待

講演内容の詳細は添付資料に譲るが、理論的かつ実証的にわかりやすく説明されていたのが印象的であった。

ポイントは

1(RfSO2)NLiが高い伝導性と耐酸化性を有していること。

2、サイクル特性の評価では((CF3)2CHOSO2)NLiが最も優れており、これは電極表面に保護膜SEIを効果的に形成していることによるとした。

3LiPF6の熱安定性改良にはLiPF4(CF3)2が有効であることをΔH、ΔG、アニオンのHOMOエネルギーから確認し、実際には3年間PC/DME溶液として保存した際、ほとんど変わらなかったことで実証している。

結論として、フッ素系有機リチウム塩は今後大いに有望視されること、今後高電圧化が必要となるが、その時の安全性が重要であり、それには電極表面にどのようなSEIを形成させるかがカギを握っているとしている。

松尾仁も提供資料をベースに講演。LiBにおけるフッ素系材料をここ2年間の文献、特許からその動向を探ったものである。電解液、電解質、添加剤、セパレーター、電極ごとにどのようなフッ素系材料が開発されているかを述べた。また、F-を電荷移動体として用いたフルオライドイオン電池についても言及した。関心を示されたのは、東京大学の山田教授らが開発した電解質と溶媒の比率が1/1の超高濃度電解液の電池である。電解質にLiFSAを用い、溶媒にDMCを用いたもので、難燃性、高C-rate、高リサイクル特性、集電体Alを腐食しないなどの特性を有している。また、フルオライドイオンバッテリーは現行のLiB5倍の容量が理論的には期待されるが、F-イオンが、反応性が高く、その状態を保てないため実用化には程遠い。園田高明氏は如何にF-イオンをその状態で働かせるかという課題を理論的に展開していた。

最後に今回の会は、質問も多く、大いに盛り上がったという印象を受けた。今後、若い人たちが、フッ素系材料によって革新的な電池の開発に寄与されることを願ってやまない。

「フッ素のロマンを語る会」について

3月 1st, 2016

昨年9月に、FT-Net松尾と元九州大学で現在、世界中を飛び回っている園田高明氏とが発起人になって、「フッ素のロマンを語る会」を立ち上げた。呼びかけに応じていただいた方々は、東京薬科大学名誉教授田口武夫氏、元ダイキン工業の清水哲男氏、日本フッ素化学会理事小野泰蔵氏、イハラニッケイ化学工業リサーチフェローの木村芳一氏、信州大学名誉教授の東原秀和氏である。

昨年9月に第一回会合を株式会社FT-Net事務所で行った。東原氏以外は参加。まずは、簡単な自己紹介後、この会議開催の意義について、議論がなされた。

「何のための会なのか」:フッ素化学の歴史を踏まえた現時点での位置づけ、それぞれのフッ素化学における個人的な歴史、これまでに残してきた課題などを明確化し、将来を語り、特に若い世代に伝えていくこと。

「何をしようとするのか」:フッ素化学の中で、それぞれの専門分野において、個人的、全体的にその歴史を振り返る作業を行う。また、例えばフッ素は何故表面エネルギーが低いのか、あるいはフッ素の医薬・農薬における役割といった基本的な問題を出来うる限り取り上げる、そして、年に23回集まり、場合によってはそれぞれの課題に詳しい専門家を招致し、徹底的に議論する。いずれにしても今まで出されてきたフッ素化学の数々の清書とは全く違った、深く掘り下げた内容のものにしたい。

「メンバーについて」:基本的には今回出席できなかった東原秀和氏を含めた上記メンバーで進行していくが、さらに海外も含めてさらに増やしていくことに吝かではないがあまり増やすことはしない。

「期間について」:3年をめどにまとめていきたい。

「成果の報告」:できれば製本して世に出したいが、それにはこだわらず、状況に応じて小冊子の形で出していくことも検討したい。

その後、場所を神楽坂の料理屋に移して大いに語らい、上記のことを深化させた。

次いで2回目として、本年、223日にダイキン工業のテクニカルイノベーションセンター(TIC)で京都大学の長谷川健教授をお招きして、「フッ素化合物の物性の統一的見解に向けた物理化学」という題目で講演していただいた。我々の会からは、園田氏、清水氏、小野氏、松尾が参加し、数十名のダイキン工業の研究者が聴講した。非常に分かりやすい言葉とほとばしる情熱で語ったことが強く印象に残った。結論としては、パーフルオロアルキル基を有する化合物の1分子と分子集合体との違いを双極子相互作用を中心に据えた近似モデル(SDAモデル)で統一的に説明ができるというもの。特にパーフルオロアルキル基の鎖長を変えたとき、C8以上で凝集し、高い撥水性を示すことを赤外スペクトルと双極子相互作用の理論面から証明したことが特筆に価する。勿論、このことは実験的には古くから知られていることで、最近のPFOA問題でC6に変えざるを得なかったメーカーの最大の課題に関係することであるが、新しい理論で理論付けできたことは画期的であり、今後の発展につながっていくことが期待された。そのほかに、PTFEを延伸したときに水が強固に吸着することも双極子相互作用で説明できると述べていた。フッ素化学の常識を破るといっても過言でないと考えている。この講演に対する質疑応答が講演後に行われ、また場所を移して我々4名を含む十数名が集い、さらに議論が重ねられた。結論としては、この理論を今後さらに発展させ、如何に新製品開発につなげていくかが最大の関心事であり、長谷川教授自身もそのことに意欲を示されていたとの印象を持った。

次回は本年7月ごろを予定している。

新年のご挨拶 2016年1月1日

1月 1st, 2016

新年あけましておめでとうございます。皆様におかれましては本年が良い年であることをお祈りし、変わらぬご厚情をよろしくお願いいたします。

昨年は風水害、地震、微生物被害等が次々に起り大変な1年でありました。不幸にもその災害にあわれ大変なご苦労をされている方々には心よりお見舞い申し上げます。一方、スポーツ界においてはテニス、ラクビー、フィギャー等のスポーツ界の快挙が伝えられ、科学界においてもノーベル賞の2連続受賞のニュースは、日本の研究への信頼が高まり、輝かしいものが感ぜられました。

弊社は今年創業以来フッ素に関する情報収集と提供、フッ素技術コンサルティング、そしてフッ素系表面改質剤の製造販売を行ってまいりました。そのフッ素は一時環境悪の元凶のような扱いを受けておりましたが、それを克服するような技術が今次々と生み出されております。それらの新技術を生かしつつ、世に貢献できる新製品の創出がフッ素の世界にも求められております。

弊社は創業10年という節目の時期を迎えることとなりました。この10年間に集めたフッ素に関する情報は膨大で弊社の貴重な財産となりました。そしてその蓄積技術情報と固有の技術を組み合わせ新製品を世に送り出しました。

今後はより正確な情報収集と、より特徴があり皆様のご要望に応えられる新製品の創出に励んでまいります。そしてより必要とされる企業になるために変革と、飛躍のスピードを上げていくことを目指してまいります。

結びに、今年は経済環境、法規制環境の変化が予想され、昨年以上に企業の取り巻く環境がより厳しくなることが考えられます。皆様におかれましては今年のご発展とご健勝をお祈り申し上げます。

平成28年元旦

代表取締役社長 富永安里

科学の最近の進歩3 中村桂子

3月 2nd, 2015

「科学者が人間であること」「鶴見和子・対話まんだら、中村桂子の巻」「自己創出する生命」

「科学者が人間であること」。私にとって何か当たり前のことが表題となっている。その人間は「生き物であり、自然の一部である存在」ということで何度も繰り返され、この本のベースを流れていく。この当たり前のことが気付いてみれば当たり前になっていないと言うことに気付かされる。彼女は生命科学から生命誌に至っている。それは下図に示す40億年前の生命誕生から現在に至る生命の歴史学である。この流れを理解することにより他の生物の繋がりを理解し、人間が自然の一部であることを感じることが肝要と言っている。

この図は抽象的だが、中沢弘基氏が「生命誕生地球史から読み解く新しい生命像」という本を出していてその中に下図を示していて実に分かりやすかったのでここに掲げておく。つまり、地球は46億年前に誕生し、最初は溶融状態にあったが次第に冷えていき、陸のない海ばかりの状態へと変化していく。そして、隕石の海洋衝突が頻繁に起こる中、超高温・高圧、超臨界・急冷状態下で有機低分子アミン、カルボン酸などが大量に生成する。そして、有機物で水溶性の化合物は海に溶け、粘土質の微粒子に吸着して海底に沈着する。海底では脱水状態が達成され、水溶性アミンやカルボン酸が高分子化していく。その高分子は無機質の小胞体の中に取り込まれプレートに乗ってその端で熱水に遭遇し、個体として成立する。これが生命の誕生である。高分子はやがてRNADNA、そしてたんぱく質になり、代謝機能、自己複製機能を獲得し、本格的な生命の誕生となる。その後は「科学の最近の進歩2」で述べた歴史を辿って人類に至ると言うわけである。ニワトリが先か卵が先かの議論はこの考え方ですっきりと解決されているように思った。

中村桂子さんに戻ろう。彼女は科学が独り歩きして自然をないがしろにしてきたことを憂い、科学の世界から哲学、文学の世界を垣間見て、そこに真実があると感じたようだ。鶴見和子との対談もその流れの中にあり、大森荘蔵 吉本隆明、宮沢賢治、南方熊楠に接し、略画化と密画化の重ね描き、知ることとわかること、縁と曼荼羅などの考え方を取り入れて総合的に複雑系の科学を理解しようとしている。そして、色々な分野の人たちとサロンと称して議論を繰り返していく場を設けることを提案している。具体的に何が発見され、どういう新しい思想が生み出されてきたかは不明だが、今後、このような運動から複雑系の科学、これまで述べてきた非平衡の物理学や非ダーウイン生物学の世界を描くことが出来ると大いに期待している。そして、ここで取り上げてきた「科学と芸術」、「科学と宗教」が今後続けていかなければならないテーマであることも認識できた。今後は総合的に深めていければと思っている。