倉岳山

2010 年 6 月 11 日

6月頭の日曜日に中央線沿いの倉岳山に今度は行ってきました。
今回の登山は単独行ではなく亀戸の会社の人と3人で行ってきました。

朝9時半に中央線梁川駅を出発。

すぐに梁川大橋を渡り桂川の流れを眺めつつ
20分ほどで登山口に入る。

倉岳山は標高990メートルの山なので
駅からだと500メートル前後を登るくらいですから
初心者でも安心して登れるハイキングに近い山です。

とはいえ、中央線沿いに点在する山々は
秀麗富岳十二景と呼ばれる富士山の眺望が美しい
12座が選ばれており、この倉岳山も
秀麗富岳十二景の9番目の頂上として定められており見所は十分。

登山口に入ってからも、急な登りはほとんどなく
沢の横を何度も渡りながら
緩やかに登って行きます。

沢は、あるときは急になったり
あるときは小川のせせらぎのようで
それが近くから遠くから聞こえてきて幾重にも重なり
疲れなどを感じないほど
(実際のぼりが急でないので途中までそれほど疲れないのですが)
リラックスして登ることが出来ます。

1時間ほど登ると、いよいよ最後の登りにかかると
今までのように鼻歌交じりとはいかず、
最後の水場を過ぎたあたりから登山らしい山道になり
尾根道の分岐点である立野峠で小休止。

さらに尾根道をそよぐ風を感じながら
最後の山道を登りきり倉岳山頂上に辿りつきました!

倉岳山は山梨百名山の一つでもあったんですね。

山頂はそれほど広くないながらも
登山者がそこそこ集まっており
各自が昼食中。

私たちも新聞を広げお握り、キュウリ、りんごなどを
頂きながら1時間休憩。

冬の澄んだ空気であれば富士山もくっきり見えそうなくない
晴れ渡っていたのですが、夏場は空気が霞んでしまうため
残念ながら富士山の雄姿は拝見できませんでした。

休憩後は、同じ道を戻るのではなく、
高畑山方面へ下り。穴路峠の分岐で
高畑山へ向かう路を見送って鳥沢駅へ向かう下山道へ。

往路はすばらしい沢を横目に登ったのですが、
下りのルートも沢道を降ります。
沢道は気持ちのよいせせらぎが聞こえるものの
滑りやすく怪我をしがちなので慎重に下って行きます。

下りには登りにはないような、ちょっとした滝もありました。

今回初めて倉岳山に登ったのですが、
急すぎるでもなく、かといって
登山の醍醐味もしっかり味わえてものすごく気に入りました。
こんな山であれば子供でも女性でも安心して登れます。

ちょっと残念なのは桂川を渡るルートが限られているため
下山してから2キロくらい遠回りしないと
鳥沢駅まで辿りつけなかったこと。
意外に下山後のアスファルトはつかれちゃうんですよね。

疲れた体と汗を流しに八王子で温泉に入り
南口にある焼き鳥小太郎で美味しいビールと
焼き鳥を頂いて帰宅しました。

次はどこの山に行きましょうか!

Oさんのご逝去を悼んで

2010 年 4 月 2 日

我らが仲間でこのブログにも登場したことのあるOさんが急逝された。

 

彼女は小さい時からアトピーと戦い、昨年7月に脱ステロイドに挑戦、自宅で療養していたが、3月中旬に入って急変し、帰らぬ人となった。その一週間前まで私がお願いしていた仕事を完ぺきにこなしていた。

 

実に聡明な女性で、特に英語はTOEIC920点を取得したほど素晴らしかった。意志が強く、一度こうと決めたら貫く。それがむしろ仇になってしまったのかもしれない。痛恨の極みであり、残念でならない。お母さんからお電話をいただいたが、やはり自分の決めたことは決して曲げない性格で、残念でならないとのことだった。ご家族の悲しみは如何ばかりかとお察しする。

 

良く気が付き、その笑顔はまさに百万ドルの笑顔であり、我々はずいぶん癒された。しかし、一昨年ごろから、アトピーに使っていたステロイドが効きにくくなり、悩んでいたようだった。特に昨年春ごろからは笑顔が消え、独り閉じこもってしまう傾向があった。そして、7月に突然、脱ステロイドに挑戦したことを告げ、自宅療養に入った。長年のステロイドの使用から一気に使わなくなったことでその反動はかなり激しかったようである。

 

10月ごろからようやく自宅での仕事ができるようになり、私の仕事を手伝ってもらったが、隔週ごとに体調を崩されていたようだった。しかし、昨年暮れごろから快方に向かい、新年会でお会いした時は顔色もよく春までには治ると思うと元気だった。ところが、2月半ばに一度体調を崩され、さらに三月半ばに40度以上の高熱を出され、入院したとのことだった。その後、薬で熱が下がったから仕事をしますとのことで、薬で下がったということが気になっていたが、お願いしたところ、完ぺきにこなしてくれた。それからわずか1週間で帰らぬ人となってしまった。

 

アトピーなどの脱ステロイドはかなり危険だということを聞いていたが、あらためてその恐ろしさを実感した。本当に惜しい人を亡くした。心からご冥福をお祈りしたい。そして、彼女のご遺志を継ぎ、残りの仲間で会社を発展させたいと固く心に誓った次第である。

 

グレゴリア聖歌を買ってきて聴いた。

 マドリガル・スロヴェニコ合唱団の演奏で15曲。入祭唱、昇階唱、ハレルヤ(アレルヤ唱)、奉献唱、キリエ(求隣誦)、グローリア(栄光)、サンクトゥス(三聖頌)、アニュスデイ(神羊誦)、アンティフォナ(交唱)3曲、応唱3曲、散文からなる。

 正式に聴くのは初めて。不思議な響きが心に染みいる。特に、今の状況ではその響きは一層心を揺るがす。彼女の魂にも届き、観音様のような美しい顔で安らかに成仏されることを心から願う次第である。

長谷川等伯展

2010 年 3 月 4 日

FT-Net食いしん坊部、部長Pです。

学生時代は絵を描くのが本当にへたっぴだったので
美術とかには全く興味を示していなかったものの
東京に出てくるといわゆる一流といわれるものが
頻繁に見る機会があることから
気になる美術展を見に行ったりしています。

美術の知識というのは基本全くなくて
個人的な美術の教科書としては
細野不二彦さんの「ギャラリーフェイク」を読み込み
そのマンガで触れられている作品が美術展であると
機会を見つけては見に行くようにしています。

今回は上野の東京国立博物館 平成館でやっている
「長谷川等伯展」を見に行ってきました。

一番の目的は松林図屏風
淡い墨の濃淡が朝靄中をまぎれているかの
用に感じられる国宝です。

これが一番最後の最後で見られるのですが
最後10分くらい見入ってしまいました。

ギャラリーフェイクで取り上げられていたのは
この松林図屏風なので、長谷川等伯は
雪舟のように水墨画の画家なのかなと認識していたのですが
全くそうではなく

生まれは能登の七尾で
日蓮宗関係の仏画を専門に描いており

その後京都に出て日の出を見るまでしばらくかかるのですが
仏画に限らずさまざまな絵画を描き
豊臣秀吉から幼少のうちになくなった子供のために建立した寺の
金碧障壁絵も描いておりこちらもものすごく立派。

金碧だとついつい狩野派を思い浮かべてしまうが
長谷川等伯もものすごい素敵な絵を描いています。

長谷川等伯展は今月の3連休の最終日まで。

そしてテープの解説はNHKのアナウンサーで
その時歴史が動いたの松平さん。
落ち着いた語り口調は必聴ですよ!

ツイッター

2010 年 2 月 14 日

FT-Net食いしん坊部、部長Pです。

こちらも最近はニュースなどでも取り上げられて
話題になっているTwitterです。

自分もやりだしてから半年くらいになりますが
会社ではまだ僕だけかもしれません。

何気ない一言をつぶやくだけなのですけど
タイムリーな情報をいろいろ入手したり
有名な人のツイートをフォローしたりすることができます。

タイムリーな情報としては私はFC東京という
サッカーチームを応援しているのですが、
FC東京のファンの人をフォローすることにより
○○の移籍が決定したとか
いま何対何でどのような状況で勝っている負けている
というタイムリーな情報をゲットしたりすることができるのです。

また、有名人でいうとTwitterでの一番の有名人は
勝間さんのようですが、自分はあまり好きでないのでフォローしておらず
ソフトバンクの孫社長であったり
元ライブドア社長のホリエモンのツイートをフォローしています。

最近の孫社長の一言でココロにしみいったのは
「己の限界を叩き壊して励む事。これを挑戦という。 」
孫さんいいことを言っています。
ついつい安に流れがちなココロを戒めてくれます。

流行りものにのっかるのはなぁとか
面白みが良くわからないしとか僕も最初は思っていましたが
やってみれば全然難しくないですし
いろいろとためになることもあるので
是非お試しを!

ラー油

2010 年 2 月 1 日

FT-Net食いしん坊部、部長Pです。

最近巷で評判の桃屋のラー油を買ってみました。
「辛そうで辛くない少しだけ辛いラー油」です。

ラー油って普通餃子を食べるときくらいにしか
使わないと思うのですが、このラー油は
いろいろな場面で使うことができます。

というのもラー油なのですが
ラー油と同時に
唐辛子のラー油をたっぷり吸い込んだ
細かなフライドオニオンがたっぷり入っていて

ご飯とかにかけて食べても絶品なのです!

ちなみにこちらが公式ホームページのレシピ集です。
http://www.momoya.co.jp/recipe/index.php?submit10=1&category=7

最近はこの辛さにハマってついついご飯にかけてしまうのですが
油ということでカロリーも当然高いし
オニオンたっぷりで口臭も気になってしまうので
週末限定にしようかと思っています。

珈琲道場 侍

2010 年 1 月 25 日
FT-Net食いしん坊部、部長Pです。

亀戸で有名な喫茶店と聞きつけ
ランチ際で訪問をしてみた
珈琲道場 侍
亀戸駅ではあまり使うことがなかった
東口を出るとすぐのビルの2Fにあります。

店に入ると圧巻なのは
カウンター席に並ぶロッキングチェアー!
訪問をした時は一人だったので
迷わずカウンター席へ。
ロッキングチェアーの
緩やかな揺れを楽しみながら
ランチを待つこと10分程度
ピザトーストのランチを今回は頼んでみました。

美味しい珈琲にピザトースト
サイドサラダに甘味もついて750円はお得!
朝は8時営業スタートで
モーニングもやっているので
早起きで来たときは優雅に朝からモーニングしようと企んでいます。
水だし珈琲も絶品らしいので
それも次頼んでみたいなぁ。

新年会

2010 年 1 月 13 日
FT-Net食いしん坊部、部長Pです。

1月の3連休の初日に定例会であるNet技会のあと
新年会を開催しました。
今回は紅一点のO氏が療養中ということもあり
赤提灯が似合うおっさん6人での開催となったのですが
いつものような居酒屋ではなく趣向を変えて
最近お気に入りのラフォンテというイタリアレストランへ。
おいしいパスタランチなどが1000円で食べられて
重宝していたので、ここぞという新年会でコースでお願いしました。

まずは前菜
 
そしてコンフィ
 
牛筋の赤ワイン煮とガーリックトースト
 
ワインもたくさん頂きました!
 
この他にも水だこのカルパッチョや
ピザそしてパスタもあってどれも美味しかった~♪
ランチもよいけどちゃんとしたところで食べる
ディナーも美味しいものです。
ちなみに、土曜日の5時で予約をしていったのですが
次の予約が7時半で入るほどの人気店のようなので
ランチの時は12時位をめどに
ディナーの時は予約を入れておくほうが無難のようです。

新年のご挨拶

2010 年 1 月 1 日

2010年年頭に当たり、一言ご挨拶申し上げます。

創業以来四年目に入った弊社は、昨年始めはご多分に洩れず、一昨年10月ごろから始まった世界同時不況のあおりを受けて厳しい状況でしたが、終わってみれば御蔭様で各事業共に順調に推移いたしました。今年もさらに飛躍の年にしたいと一同張り切っております。

フッ素は地球温暖化の問題やPFOS・PFOAの問題で、これから更に規制が厳しくなると予想しております。弊社は幅広い情報収集に全力を尽くし、素早い対応を心掛けていきます。本年もご支援ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。

FT-Netのホームページも二年目を迎えました。この一年、ブログを中心に活動してまいりましたが、昨年10月には「フッ素化学最新トピックス」を立ち上げ、毎月更新しております。本年は、この二つに加えて事業内容の紹介など更に充実を図っていく所存です。また、お問い合わせもいくつかいただき、対応させていただきました。本年もお問い合わせや「フッ素化学最新トピックス」・「ブログ」に対するコメントなどどしどしお寄せいただければ幸いでございます。どうかこちらの方もよろしくお願い致します。

最後に皆様のご健勝と益々のご発展をお祈りいたします。

松尾 仁

亀戸餃子

2009 年 11 月 24 日

FT-Net食いしん坊部、部長Pです。

亀戸で有名なものといえば
船橋屋のくず餅
佐野の味噌などがありますが

それに劣らず有名な飲食店として
亀戸餃子があります。

国民的長寿ゲームである桃太郎電鉄でも
亀戸駅では餃子屋を売っているほど
亀戸界隈では有名なお店なんですよね。

今回改装オープンをしていたのでしばらくぶりに行ってきました。

老舗でも改装すると小洒落た感じになる店が多いですが
亀戸餃子は全く、今までと同じつくりでした。

Uの字になったカウンター2列に
こ上がりになった座敷にテーブル3つ
全く以前と一緒です。

そして、メニューも全く一緒で
お酒と餃子しかありません。
ライスすらなくて、しかも1人2皿は強制的のため
席に着くなり1皿餃子が届き食べ終わったあたりで
もう1皿出てきます。

皮はパリパリでキャベツ玉ねぎの野菜が多い餡は
あっさりとしていて、いくつでも食べられちゃう軽さです。
結局4皿頂いたのですが、
平日でなければビールを片手に頂きたかったです!

編笠山奮戦記 2009年11月7日

2009 年 11 月 10 日

部長のPさんと八ヶ岳の南端の山、編笠山に登った。彼とは5月にFさん共々茅が岳に登り、その時は彼がその模様をこのブログで書いている。今回はFさんが所用のため、二人だけの登山となった。

当日は抜けるような雲ひとつない好天気であった。彼は社内では雨男で通っていたが、5月も晴れたし、今回は素晴らしい晴天で、すっかり晴れ男の名を頂戴するに至ったと思っている。前日、韮崎に泊まり、朝7時に出発、7時45分頃観音平に到着、7時50分に登山を開始した。新調した靴の履き心地もよく、11月にしては暖かい日差しの中、心は浮きたつようであった。但し、後で述べるがこの靴がとんでもない苦痛を与えることになるとはその時は夢にも思わなかった。なだらかな山道は、紅葉した広葉樹と緑の針葉樹の間からの木漏れ日が何とも言えぬ清々しさを与えてくれていた。傾斜は少しずつ急になり、いつも山登りの時に感じる、慣れるまでの足への負担が今日は殊更大きいように思えた。先導するPさんは私の歳の半分、若者らしく快調に飛ばし、時折、喘ぎながら登っていく私を静かに待っていてくれるシーンが何度もあった。最初のポイント雲海は、地図では1時間の道のりであったが、40分で到着。少し休んで、次なるポイント押手川に向かった。そのころから岩道がメインになり、Pさんがなるべく歩幅を短くできる道を選んでくれたが、少し慣れたにもかかわらず、喘ぎは収まらなかった。途中、写真にも示すような緑の若木が幹の途中で真っ二つに割れている光景をあちこちで見かけた。先日の台風の影響なのだろう、自然の脅威を感じた。また、大きな岩には苔とカラマツの葉が積もっていた。

押手川には地図通り1時間で到達した。川には水がなく、霜柱と氷がそこここに見られた。そして、最後の難関の頂上までが待っていた。ほとんど岩の道で段差が大きく、脚に乳酸が溜まり、立ち止まってしまうシーンが頻発した。Pさんは全くそんな素振りはなく、快調に登っていき、そして慈愛に満ちた目で待っていてくれた。そして、「もうすぐですよ」と何度も声を掛けてくれた。しかし、急な上り坂は行けども行けども尽きない、そんな思いが1時間続いた後、ようやく「頂上が見えました」との声で、心の底から「やったー」と叫んでいた。時は10時半、2時間40分の登山であった。

頂上は広く、背の低い常緑樹を配して、小さな岩が敷き詰められていた。すでに数人の人が来ており、また次々に人が登ってきて広い頂上も手狭にさえなった。まさに360度のパノラマ、北に八ヶ岳の権現岳、赤岳、横岳などが大きく聳え、南には南アルプス連峰が薄く青く、白い薄い雲の上に優美に並び、その少し西に中央アルプス連峰、さらにはその奥に御嶽山、西には北アルプス連峰を見張らすことができた。目を東に転ずると、富士山が高く聳え、その前に6月に登った茅が岳や以前に登った金峰山、瑞垣山、その奥に秩父連山が見渡せた。その優美で雄大なパノラマにしばし見とれ、暖かい日差しを浴びて早い昼食を取りながら、吸い込まれそうな青空の下、1時間ほどその雰囲気を楽しんだ。

11時半に下山開始、権現岳への途中にある青年小屋をまずは目指した。そして、苦難が始まった。登りでは何ともなかった靴が、両足の指を押し付け、かなりの痛みが走った。その痛みは止むどころか、ますます酷くなっていく。林を抜けると目の前に岩場と青年小屋が展望できたが、岩場がまた下り辛く、強い衝撃が加わって、その痛みに耐えることのみが全意識であるという状況に陥った。ようやく青年小屋にたどりつき、靴を脱ぐと爪が食い込み指を圧迫していた。しかし、どうしようもないので、下山を続けざるを得ない。Pさんは心配してくれたが、どうしようもない。青年小屋から押手川までの長かったこと、行けども行けども行きつかない思いをまたまた味わった。そして、押手川から雲海へ下り、雲海から観音平までの間に到々我慢できなくなり、靴を脱ぎ、厚い靴下のみで歩く羽目に陥った。途中追い越して行った人が、「どうしたんですか」と声をかけ、事情を話すと心配そうに下りて行った。それでも最後まで我ながらよく頑張ったと思う。Pさんには迷惑をかけたが、観音平に着いたのは午後2時半だったので、時間的にはそんなに遅れたわけではなかった。しかし、登山の厳しさと素晴らしさを同時に存分に味わうことができた。

その後、甲斐大泉駅近くの温泉に入り、ゆっくり湯につかうと今日の全てが素晴らしさに変わり、また登りたい気分が高揚してきた。その夜、韮崎でPさんと乾杯、来年は南アルプスに挑戦することを誓った。

松尾 仁