I.プリゴジン(1917‐2003)
このところ科学と芸術、科学と宗教と題して取り組んできた課題の集大成になるかもしれないと読んでみた。ニュートン力学を主体とする古典力学と量子力学が時間を考慮に入れない平衡状態を扱うものであったのに対し、自然とその申し子である人間は非平衡状態にあり、その状態を扱うことで現実を理解できるとの信念が出発点にある。そして、キーになるのは時間の矢なのである。そして、ポイントは確率論であり、統計集団なのである。確かに身の周りを眺めれば古典力学は理想状態の概念であることは明らかなことは分かっていた。量子力学もアインシュタインの相対性理論も時間の矢つまり一方的な時間の流れは取り入れられていない。プリゴジンがそこに疑問を持ったのは1945年頃、その後、非平衡の科学は発展を遂げていった。勿論、以前にも非平衡の物理学は存在した。最も典型的なのが熱力学第二法則である。エントロピーは増大する、これは宇宙に生じる不可逆過程に基づいている。しかし、ニュートン力学と量子力学の成功は平衡の世界を植え付け、非平衡の世界こそ現実なのにその状態を追求しようとする雰囲気はほとんどなかったのである。
古典力学の枠組みの中で不安定性の果たす役割は何だろうか。ここは完璧に理解できなかった。但し、古典力学で用いられてきた軌道記述は熱力学とは両立せず、平衡状態においても非平衡状態においても統計的アプローチを必要とする。量子力学の波動関数も微粒子の世界を描くと言う点で古典力学とは異なるが、やはり同じ状況にある。つまり前者は決定論的法則であり、時間は未来も過去も等価なのである。しかし、現実を見た時、過去と未来は同じであろうか。明らかに違うと言わざるを得ない。
138億年前にこの宇宙はビッグバンにより誕生した。これまでの物理学は時間もここから始まったとする。しかし、その前に時間は存在しなかったのであろうか。プリコジンは、時間は永遠の昔からあり、永遠に続くとしている。これこそ現実である。そして、発展は平衡状態とは相反する。ダーゥインは19世紀に生物の進化論を唱えた。これも古典物理学に反する。そして、20世紀後半、非平衡過程の物理学は発展し、新しい科学が誕生した。自己組織化や散逸構造と言った新しい概念が導入された。非平衡過程の物理学は、一方的な時間(時間の矢)がもたらす効果を記述し、不可逆性に対して新しい意味を付与した。プリコジンは時間の矢を持たない平衡状態の物質は盲目であり、時間の矢と共に物質は開眼すると言っている。
本書は、古典力学と量子力学を改定して、非平衡過程の物理学との整合性を図っている。ポイントは確率論であり、統計的集団であり、さらにポアンカレの共鳴理論が重要であることを主張している。しかし、この本だけでは到底そこまで理解することは困難なので、ここではこの記述だけにして、兎も角今後の物理学が非平衡状態を取り扱い、時間を考慮に入れ、現実世界を真に理解できるものとするべく発展していく状況にあることを述べておくにとどめる。従って、最初に目指した目標には届かないので、それは今後の課題としたい。