読書三昧 2009年03月

 

と言っても、会社の行き帰りの話。

私が横浜から亀戸まで通っていることは「亀戸界隈のこと」で既に述べた。
田園都市線から半蔵門線一本で往復の乗車時間は時間余り、その間読書三昧に耽るというわけである。時折、宗教、数学や化学の本を読むが、殆どが文学である。

往きは半分以上立っているが、網棚に鞄を置き、吊革にきちんとつかまって本が読める。その後の往きの道中、そして帰りは座れるので悠々と本が読めると言うわけである。この会社に通うようになってから2年4ヶ月。「チボー家の人々」8巻から始まり13巻まで、トルストイの「戦争と平和」を経て、昭和文学全集に入って現在まで続いている。

この昭和文学全集は角川書店版(昭和27年)で、明治生まれで大正から昭和にかけて活躍した文学者の作品が収録されており、夏目漱石、森鴎外と言った明治大正に活躍した人が番外で入っている。この全集、父が私の中学生時代に買ってくれたもので、その当時かなり読んだ覚えがある。そして、その後、殆ど読まれずに眠っていて、傷みのひどいものもあるが3分の2は無傷で残っていて、一念発起、この歳になって読み返しているのである。 

 

 

ここに綺羅星のごとく輝いている小説家たちの作品に触れていると、その当時国家権力からの監視の中で如何に不自由であったか、命がけであったかがよくわかる。

例えば、現在ブームになっている「蟹工船」の小林多喜二は獄中で殺された。だからと言って彼らは決して国家権力に対して阿っているわけでなく、緊張感の中できちんと自己主張している。文章の一行一行に重みがあり、また行間に自己主張を滲ませている。

今は、猫も杓子も文章を書く。だから底辺は当時に比べれば物凄く広がっている。私は芥川賞の作品は必ず読んでいる。また、現代の優れた作品には目を通しているつもりであって、広い底辺から選ばれた文学者には、大きな才能を感じる。しかし、矢張りあの時代の文学者の深みには到底及ばないと感じてしまうのである。私は化学が専門、この会社のお陰で未だに化学に没頭できている幸せに浴しているが、文学も少年時代から出来ればそちらを一生の仕事にしたいと思っていたジャンル。どんなに仕事が忙しくても文学から離れたことは無く、今こうした時が与えられているのは感謝してもし切れないと思っている。

化学と文学、そこにはロマンと言う共通点がある。この世の全てを形作っているのは原子と分子であり、その分子の世界を見てきたように取り扱っていくのが化学である。そこには想像と創造の世界があり、その世界に触れていると大きなロマンを感じる。文学は人間の行動と精神の根源を矢張り想像と創造で描く世界。そこにも大きなロマンを感じるのである。

こういう形で化学と文学に今後一生取り組んでいきたいと切に願っている今日この頃である。

松尾 仁

尚、昭和文学全集の読後感などは私のブログに毎週掲載しているのでご興味のある方はお尋ねいただければ幸いです。
松尾 仁ブログ 『松尾文化研究所

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