「超撥水表面」

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1、はじめに
超撥水表面とは水の接触角で150度以上を言うが、1990年代にその開発は盛んになり、一部実用化されている。今日でも大きな関心が寄せられ、依然として開発は続いている。また、超撥水だけでなく超撥油性も加味した開発も行われている。本稿では、昨年Advances in Colloid and Interface Science に発表された総説から超撥水表面に関する最新の状況1) とJournal of Colloid and Interface Scienceに掲載された超撥水超撥油表面に関する報告を紹介する。

2、超撥水表面のレビュー1)
2.1.理論的モデル
下図の液滴に関して、理論的には下式のYoungの式が提案されているが、これは理想的な平滑表面に液滴を載せた場合に当てはまる式である。ここで、θはYoung接触角、γSV、γSL、γLVはそれぞれ固体/気体、固体/液体、液体/気体界面の単位面積あたりのエネルギー、即ち界面張力である。
FT1
実際にはミクロオーダーの平滑な面は稀であり、Wenzelは粗さ因子rを導入して下式を提案した。ここで、θWはWenzel接触角である。つまり、水は粗い表面の溝に入り込むと仮定していて、これは下図に示す所謂均質な表面(a)(Wenzel状態)であり、特に超撥水表面では実用的ではなかった。
FT2
そこで、Cassie-Baxterは不均質な表面(b)(CB状態)をイメージして下式を提案した。この場合、液滴は粗い面の突出部で点接触していて、溝は気体で満たされている。つまり、濡れ性が低いため溝に液体は浸透できない。
FT3
ここでΦSは固体と液体間の全面積と固体/液体並びに液体/気体間の平らな面の面積比である。さらに、粗さ因子を導入すると下記の式に変形される。ΦS=1の場合、rfはrに等しくなり、この式はWenzel式と同じになる。
FT4
この式とWenzelの式が成り立つのは粗さのスケールに対して液滴が十分大きい場合で、液滴が安定に存在する場合である。また、下図に示すように撥水状態のWenzel状態から臨界点を堺にCB状態への変換が起こる。つまり、Wenzel状態は90度と臨界点の間であり、CB状態は臨界点と180度の間である。但し、臨界点以下の撥水性でもCB状態が持続すると仮定すると下図の点線部分となり、90度より高い接触角を示す。
FT5
次いで、接触角においてヒステリシスの問題を議論している。特に滑落角における前進接触角と後退接触角、液滴の体積が減少していく時の後退接触角と増大していく時の前進接触角が取り上げられ、その差が40度にも達することがあり、その値から表面を特徴づけられるとしている。つまり、CB状態では差が小さく滑落しやすいが、Wenzel状態では差が大きく滑落しにくい。
2.2.超撥水表面を有する植物、動物
植物では、まずは蓮の葉が取り上げられている。この場合、汚れた水の中でも超撥水性を発揮し、汚れに対する防御と雨水によるセルフクリーニングの機能があることを指摘している。表面に突起があり、角皮素と撥水性の3次元ワックス細管で表皮が構成されている。蓮の葉以外にセルフクリーニング性に優れたサトイモの葉(159±2度)、表面にミクロンとナノオーダーのワックス構造を持つインドカンナの葉(165±2度)、異方性の突起を有する稲の葉は葉の筋の方向では滑落角が4度であるが、それと垂直の方向では12度であることなどが紹介されている。尚、蓮の葉は稲と違い、突起が均質に配列されているため、滑落角は2度以下と低い。
動物では、3µmから数百nm径の剛毛を有するアメンボーの足は分泌されたワックスの助けで超撥水性を示す。また、屋根瓦のような羽根の表面を有する蝶や10万のケラチン毛を持つヤモリなども超撥水表面を有している。さらに、昆虫の二枚の羽根に着目し、上の羽根がミクロンとナノスケールの層構造であることが超撥水につながり、水滴が羽根の表面を転がり落ちることにより、汚れを除去していることなどが述べられている。
2.3.超撥水表面作製法
人工的な撥水表面の作製は、上記で述べた自然界の超撥水表面構造を再現することが行われている。
ひとつは、リソグラフィー法であり、フォトリソグラフィー、ソフトリソグラフィー、ナノインプリントリソグラフィー、電子線ビーム(EB)リソグラフィー、X線リソグラフィー、コロイダルリソグラフィーなどがある。
フォトリソグラフィーによる超撥水表面は最も使用されている方法である。ミクロあるいはナノレベルの粗表面構造を作製し、次いでC6F13C2H4SiCl3を処理して超撥水表面にしている。その電顕写真を下図に示す。
FT6
近年では、ナノインプリントリソグラフィーが注目されている。これは、ナノ模写とフォトリソグラフィーを組み合わせたものである。
次いで、プラズマ処理法やCVD法により表面を粗面化する方法がある。プラズマ処理法の場合、XeF2、CHF3/SF6やCF4でエッチングが行われている。この場合、C6F13C2H4SiCl3で後処理して、高接触角化している。CVD法では、プラズマを用いるPECVDで表面にAg/TiO2コア・シェル構造や、カーボンナノチューブを形成させることが紹介されている。特に後者は水の接触角170度を得ており、蓮の葉に比べても遜色ない。しかも蓮の花は高圧の水では超撥水性は維持できないが、カーボンナノチューブを形成した表面は維持でき、安定性が高い。その他、酸素プラズマで表面を粗面化した後、ペンタフルオロエタンのPECVDでフッ素化する方法などが述べられている。さらに、Layer by Layer Deposition法、コロイド状の粒子を組織化する方法、ゾルゲル法、電子スピン法や電子スプレー法などが紹介されている。
フッ素についてはその他、Fig.34に示す綿布表面を修飾してパーフルオロアルキルシランを処理した場合などが例示されている。
FT7
3、超撥水撥油表面
銅の上に超撥水かつ超撥油表面を簡単に作製する方法を述べている。2)まず、Cu(OH)2ナノロッドとCuOミクロフラワー構造をアルカリ共存下で酸化する方法で銅表面に形成させ(下図)、その後フッ素化すると下表のように超撥水性と超撥油性が得られた。具体的には、銅シートを2.5MのNaOHおよび0.13Mの(NH4)2S2O8水溶液に室温で20分間浸漬し、その後純水で洗浄、乾燥後0.01Mのパーフルオロオクタン酸水溶液に8分間浸漬し、エタノールで洗浄後、110℃30分間熱処理した。超撥油性は、ナノロッドとミクロフラワー構造のシナジー効果で達成されている。そして、液滴に圧力をかけても壊れないで超撥水撥油性を維持していることも確認している。
FT8
4、おわりに
超撥水についての最新情報が満載されたレビューを紹介した。理論的な観点から超撥水を言及し、超撥水達成のキーポイントは極表面の構造であり、植物や動物の例を多く紹介して議論している。そして、その表面を作製することが重要であり、その方法についても広く紹介している。フッ素は超撥水という観点では助役的な存在であると言えるかもしれない。一方、超撥油という観点ではフッ素は必須であり、上記の方法だけではなく、超撥水性で培った表面構造の作製法を利用して超撥油性を達成することができると考えている。今後は、超撥水・超撥油性表面を実用化していく動きが活発化していくことを期待したい。

文献
1) Y.Y.Yan et al Advances in Colloid and Interface Science 169(2011) 80-105
2) Zhaozhu Zhang et al Journal of Colloid and Interface Science 367(2012) 443-449