「19FNMR」

最新フッ素関連トピックス」はダイキン工業株式会社ファインケミカル部のご好意により、ダイキン工業ホームページのWEBマガジンに掲載された内容を紹介しています。ご愛顧のほどよろしくお願いいたします。尚、WEBマガジンのURLは下記の通りです。
http://www.daikin.co.jp/chm/products/fine/backnum/201305/#topic01

1、はじめに
19FNMRスペクトルは感度が高く、19F-19Fや19F-1Hカップリング定数が大きく、さらに約300ppmの大きなケミカルシフトを有している。そのため微妙な分子の動きや結合変化などの情報が得られる。また、緩和時間を測定することにより、部位の内部運動などの情報が得られ、化学、医学領域において有用な測定手段として広く利用されている。ここでは、最新の19FNMRに関する総説を中心に文献情報を紹介する。

2、19FNMRに関する最近の進歩と応用に関する総説1)
本論文では、19FNMRのシグナル強度を高める手段の最近の動向、19FNMRの応用として、細胞組織の定量的酸素測定、pHを含むイオンの定量、プロテオミクスが述べられている。
F原子を導入して19FNMRで特に生体などの状態を調べるには、19FNMRのシグナル/ノイズ比(SN比)を高めて感度を上げることが重要である。その手段として、化学的、物理的、薬理学的方法に分けて述べている。
まず、化学的にはNMR的に等価のFの数を増やすことである。F、CF3、SF5、パーフルオロベンゼン、PFCs、パーフルオロ15-クラウン-5-エーテル(PFCE)などがフッ素源となる。但し、直接Fと結合した場合とCF3の形で結合した場合は前者の方が雰囲気や変化に敏感であることは考慮に入れる必要がある。また、Fを導入することにより酸性度が変化したり、疎水性が高まったりすることも注意点である。PFCsエマルジョンは安定で、異なった細胞に入り込み、それらをラベル化して、特徴づけることができる。マウスにパーフルオロオクチルブロマイド(PFOB)を注射した例が述べられている。ランタニド族などの常磁性金属イオンを導入すると緩和促進(常磁性緩和促進PRE)になり、SN比が向上することがある。例えばGd3+イオンを含フッ素ナノ粒子に導入すると縦緩和(スピン-格子緩和)速度R1が高まり、SN比が向上する。
物理的方法としては、グラジエントエコー法、エコープラナー法あるいはエコー立体法などがある。例えば、エコープラナー法を用いた活性酸素のマッピングのためのフルオロカーボン緩和時間測定法は、6.5分でpO2マップを作成でき、さらに促進された方法も最近開発されている。また、スペクトル線を交互配置することによりネズミにおける5-FUの検出と代謝が定量的に決定された。さらに、二重同調コイルを用いることで19Fと1HMRIを同時に測定でき、フッ素系薬の吸収、代謝などとその効果(血管摂動など)を同時に動力学的に解析できる。
薬理学的方法としては、投与回数を増やす、実験動物をなるべく小型にするなどの方法が述べられている。
細胞組織の定量的酸素測定法は、酸素に対するPFCsのスピン格子緩和速度の感度がここ数年向上したことにより発展している。19Fスピン格子緩和速度はR1=A+BpO2で表され、pO2と直線関係にある。種々のPFCsについて、19Fシグナルの相対強度、A、B、感度、温度依存性などの値を下表に示す。
FT1
HFBが最も感度が高く、ネズミの腫瘍に直接注射してpO2分布のマップを作製した例などが紹介されている。
金属イオンの測定については、下記左の構造の5F-BAPTAのCa2+、Zn2+、Pb2+、Fe2+、Mn2+などの錯体の19FNMR化学シフトがそれぞれ独自の値を示すので同時に金属イオンを検出できる。また、細胞内のCa2+の検出にも本錯体が使用された。これらの場合、二つのFは同等であるためSN比が高い。また、プロトンの検出(pH測定)については、下記右の構造の6-FPOLは血中に溶け込みやすく、pHを容易に測定できた。
FT2
19FNMRは構造と機能を対象としたタンパク質を研究するプロテオミックスにおいて多大な貢献をしている。それは19Fピークの化学シフトと常磁性緩和促進を利用してのことである。前者については、下図に示すPFONP(赤)、OFPNP(緑)およびOFP(青)を含有するß-D-galactopyranosides PFONPG、OFPNPGおよびOFPGのß―Galactosidase酵素による分解反応における19FNMR化学シフトの変化とpKa依存性が例示されている。
FT3
後者については、下図に示すGd3+錯体が分解してGd3+によるPREの影響がなくなり、19FNMRに変化が起こる。その変化の追跡により動力学を調べている。
FT4
FT5
R. Scott Prosserらは19FNMRのタンパク質の構造と動力学への応用に関する総説を発表している。2)そこにはフッ素によるタンパク質のラベル化の方法として化学的修飾とバイオ合成の二つの方法が述べられている。前者は、下図に例を示す過剰のフッ素含有試薬を希薄タンパク質溶液に塩基でpHを調整しながら滴下していく。後者は、含フッ素アミノ酸(フェニルアラニン、トリプトファン、チロシン、ヒスチジン)を合成し、その後合成酵素を使ってバイオ合成によりペプチド合成を行う。
FT6
こうして得られた含フッ素タンパク質の19FNMRの化学シフトから、タンパク質の局所的形態、化学的環境状況などが明らかにされている。特にタンパク質の折り畳み構造か非折り畳み構造かの決定には有効であるとしている。また、PRE情報から露出した表面の面積や疎水性についての詳しい情報が得られる。

3、19FMRIを用いてのフッ素でラベル化した細胞による生体内追跡3)
生体内に挿入を必要としない19FMRIは安定した、放射性同位体を用いない故に長時間追跡が可能である。それには十分な19Fシグナルを得る必要があり、細胞の19Fラベル化の開発がなされてきた。19Fラベル化は、ラベル化合物を合成し、エマルジョンなどの形にし、それを細胞の表面にコーティングするか電気穿孔法により細胞に穴をあけ、そこに導入してラベル化細胞を合成し、生体内に導入して19FNMRにより追跡する方法が確立されている。本論文では、新しい細胞のラベル化法について述べている。そのポイントは十分な19Fを確保することであり、PFCsを用いた方法が提案されている。下図に示すようにフッ素化された量子ドットを含み、二分子膜コートされたフルオロカーボンから成るエマルジョンが例示されている。ここでは量子ドットは色素(青)であり、二分子膜はリン脂質で安全な界面活性剤であり、さらにフルオロカーボンとしてはPFOBやPFCEなどが用いられていて、ネズミの足に注入された場合のMRI画像において明確に検出できている。また、パーフルオロデカリンなどのPFCsをリン脂質などでコートした粒子は人工血液として知られているが、それも候補の一つで赤い部分が19FNMRで検出できる。さらにフッ素化糖やペプチドさらには特殊なたんぱく質などの例も示されている。
FT7

4、おわりに
19FMRIが生体内細胞追跡に導入されて以来5年以上経つが、その進歩は急速であり、今やなくてはならない手段となっている。それに伴い、フッ素によるラベル化の技術も急速に発展していて、今後バイオの分野を中心に大いに貢献することが期待される。

文献
1) Ralph P. Mason et al Progress in Nuclear Magnetic Resonance Spectroscopy 70(2013) 25-49
2) R. Scott Prosser et al Progress in Nuclear Magnetic Resonance Spectroscopy 62(2012) 1-33
3) Mangala Srinivas et al Biomaterials 33(2012) 8830-8840