「たん白質の構造と動力学の研究における19FNMRの適用」

最新フッ素関連トピックス」はダイキン工業株式会社ファインケミカル部のご好意により、ダイキン工業ホームページのWEBマガジンに掲載された内容を紹介しています。ご愛顧のほどよろしくお願いいたします。尚、WEBマガジンのURLは下記の通りです。
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1、はじめに
たん白質の構造や動力学の研究において、1H、13C 、15N NMRのデータは豊富である。一方、19FNMRはユニークなデータを供給している。特にたん白質が折り畳み、それがほどける変性や、たん白質-たん白質、たん白質-脂質相互作用、集合、フィブリル化等の溶液および膜状態での現象解明において効力を発揮した。また、円偏光二色性、蛍光発光、X線結晶解析などの他の生物理的な技術を補うべくしばしば用いられている。さらにフッ素化アミノ酸を用いてのラベル化による解析も進んでいる。ここでは、トロント大学のR. Scott Prosserらが纏めた最近の19FNMRによるたん白質構造、動力学、機能の研究についての進歩のレビューを紹介する。1)

2、19FNMRによるたん白質研究の利点
19FNMRは大きな化学シフトを有している。その結果、溶媒による微妙な立体構造の変化を検出でき、弱い相互作用、折りたたみ、酵素反応などの動力学的な挙動を把握できる。また、常磁性体を添加することにより溶媒に曝された表面の面積や疎水性といった形態学的な情報を得ることができる。フッ素原子は水素原子と置換してもファンデルワールス半径が20%しか増加しないのでフッ素原子によるラベル化は他原子に比べて影響が最も小さいことも大きな利点である。

3、19Fラベル化合物
19Fラベル化はフッ素化アミノ酸からバイオ合成によりたん白質を合成して行うか、化学的にたん白質に導入することも行われている。フッ素原子標識としてCF3基やCH2F基が用いられている。それはCF3基などの対称軸の周りの回転が速やかで19FNMRの線幅が狭く高分子錯体としてのたん白質分析には有用であるからである。CF3基の導入剤としては、3-ブロモ-1,1,1-トリフルオロアセトン(BFTA)やトリフルオロエタンチオールなどが用いられている。
また、フッ素化アミノ酸として、脂肪族系ではフッ素化ロイシン、イソロイシン、ヴァリン、アラニン、プロリン、メチオニンが合成されている。フッ素としてはトリフルオロメチル基、ジフルオロメチル基、モノフルオロメチル基の形で導入されている。このアミノ酸から合成したたん白質は安定化される。フッ素含有量が多くなると構造変化が起こり、元のたん白質本来の情報を伝えにくくなる。芳香族系では、ベンゼン核にフッ素を容易に導入できるので研究例は多い。フェニルアラニン、トリプトファン、チロシン、ヒスチジンなどのフッ素化物が合成されている。

4、19FNMRによる19Fラベルたん白質の構造、動力学の研究
多彩な研究開発事例の中から興味をひいた数例を下記に示す。
まずは、4-フルオロアラニンでラベル化されたネズミの腸の脂肪酸結合たん白質(IFAB)が非天然折り畳み状態から出発して全面天然折り畳み状態への変化する例であるが、下図に示すように19FNMRによって確認されている。左はIFABの構造、右は4-フルオロアラニン残渣の19FNMRスペクトルであり、黒で示す非天然折り畳み状態状態から赤で示す全面天然折り畳み状態への変化の様子が分かる。さらに、各ピークの時間変化を追いかけ、動力学的見地からたん白質の状態変化を論じている。
FT1
次いで、3-フルオロチロシンを含む人間のスーパーオキシドディスムターゼ(SOD)の構造変化動力学を述べる。(a)はSODの構造である。(b)にその19FNMRスペクトルを示す。
FT2
(c)には各ピークの線幅の温度依存性を示す。4量体(Try45)界面より2量体(Try169)界面の方が温度依存性が大きいことが分かる。このことから4量体界面では構造変化の自由度が大きいとしている。
FT3
次いで、核オーバーハウザー効果(NOE)スペクトルにより、水溶媒とハイドロカーボン溶媒中での3-フルオロチロシンでラベル化したカルシウム結合たん白質カルモジュリンにおける溶媒の影響を調べ、どの部分が溶媒により接しているかを確認している。
さらに、Gたん白質共役受容体であるß-アドレナリン受容体のシステイン265にBFTAでラベル化して19FNMRで解析すると、ß-アドレナリン受容体の活性化に応じて上位へケミカルシフトすることが分かった。また、5-フルオロトリプトファンは安価で容易にたん白質に導入でき、19FNMR解析による活性点でのミリ秒単位の動力学を理解するのに有用である。
また、下図に示すように、3-フルオロフェニルアラニンでラベル化したカルモジュリンの疎水性インデックスを19FNMRの常磁性シフトから作成できた。即ち、酸素を導入して常磁性シフトを測定するのだが、たん白質の疎水性の部分での酸素濃度が高いことが分かっているので疎水性の評価ができる。そして、その温度依存性を調べると下図のようにたん白質の中の位置によって変化が異なり、そのことにより構造変化の動力学などの議論ができた。
FT4
5、おわりに
19FNMRはケミカルシフト、ピークの線幅、1H、13Cなどとのカップリング定数、常磁性シフト、核オーバーハウザー効果など感度が高いので情報が多彩である。その結果、今回紹介したたん白質の構造や折り畳みなどの動力学などの情報を得るのに適している。しかもF原子はファンデルワールス半径が水素原子より20%しか増加しないので、特に立体的な情報はF原子で置換していない本来のたん白質自身の情報をほぼ伝えていると言える。勿論、F原子導入による特異な生理活性の解明にも期待できる。今後もこの手法が応用され、生化学における情報開示に、新規な生理活性物質の開発に寄与していくことを期待したい。

文献
1) R. Scott Prosser et al Progress in Nuclear Magnetic Resonance Spectroscopy, Volume 62, April 2012, Pages 1-33