「フルオラスケミストリー」

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1、はじめに
フルオラスとは、「親フルオロカーボン性」の意味で、高度にフッ素化されているゆえ、水や有機溶媒とも混和せず、また、低表面エネルギー、耐熱性、光学あるいは電気的特性を有する。この性質を利用した、中間体および生成物の分離を容易にする合成(フルオラス合成)や新規材料として期待されている。本稿ではフルオラスケミストリーを最新の文献から紹介する。

2、フルオラス合成
フルオラス合成の概念図は下記の通りである。1)即ち、フルオラスタグと言われるフルオラス基を原料に導入してフルオラス分子を作製し、液相反応を行わせ、過剰な試薬を有機層に分離しながらフルオラス層に目的物のフルオラス分子を分配し、タグを切断して、有機層に目的物を分離する。蒸留などの操作なくして高純度目的物が得られる。
FT0
Zhong-Xing Jiangらは、フルオラスタグとして下記のフルオラスベンジルブロミドを用い、単分散ポリエチレングリコールを合成した。2) 
FT1
即ち、下記に示すようにHO(CH2CH2O)3CH2CH2OHをトリフェニルメチルクロリド(TrtCl)でトリフェニルメチル化後、トシレート化して9を合成、さらに6によりフルオラス化した10を合成した。そして、トリフェニルメチル基を外し11とし、9と反応させてエチレングリコール鎖を7に増大させた。その後は繰り返し操作を行い、エチレングリコール鎖19に増大させ、最後にフルオラス基を外して、単分散のポリエチレングリコールを高純度で得た。ここで、FSPEはフルオラス固相抽出、SPEは固相抽出であり、いずれも効率的に中間体および目的物を分離できた。
FT2
Pedro M. Nietoらは、下記左に示すようにグルクロン酸のカルボキシル基をC8F17基でフルオラス化し、FSPEを利用して簡便に下記右のヒアルロン酸トリサッカライドを合成できた。3)但し、収率は低かった。これはFSPE後のフルオラス中間体のロスが大きかったことによるとしている。
FT3
松儀らは、フルオラスタッグとして、下記のフルオラスFmoc試薬を合成し、アンジオテンシン(ACE)変換酵素阻害薬類似体を含む18のトリペプチド合成を行っている。4)
FT4
まずはFmoc試薬によりアラニン、フェニルアラニン、ロイシンなどのアミノ酸をフルオラスタッグ化する。その際、アラニンはRf=C3F7、フェニルアラニンはRf=C4F9、ロイシンはRf=C6F13と鎖長を変えておくので、フッ素の数でいえばアラニンの場合14(f14)Ala、フェニルアラニンは18(f18)Phe、ロイシンは26(f26)Leuとなる。次いで、縮合剤を用いて上記3つにバリンを加えた4種のアミノ酸のベンジルエステルと縮合化してジペプチド体を得る。さらに同様に4種のアミノ酸ベンジルエステルと縮合化して6グループ18種のトリペプチド誘導体とする。収率はいずれも86%から98%と高かった。こうして得たトリペプチドはRf基の鎖長の異なる3種のトリペプチドにグループ分けされており、例えば、グループAはf14-Ala-Ala-Ala-OBn、f18-Phe-Ala-Ala-OBn、f26-Leu-Ala-Ala-OBn(Bnはベンジル基)。従って、簡単にフルオラスHPLCで分離できる。その後は、ジエチルアミンで脱Fmoc反応を行い、トリペプチド体をほとんどロスすることなしに得ることができたとしている。

新規フルオラスタッグについての合成法については、水野らが下記の1~3を提案している。5) これはクロトン酸エチルから合成でき、酸に対する耐性が高い。
FT5
いずれも中央に反応性の高いOH基を有し、ターゲット分子との結合のみならずタッグのリサイクルに有用である。

TomásStrasákらは、下記の構造の新しいフルオラスタッグを提案している。ここでRf6はC6F13。そして、これを用いて、親フルオラス性シクロペンタジエニルCo錯体を合成している。6)
FT6

3、新規材料
フルオラス化合物は、触媒や無溶媒固層抽出剤などの新規機能材料として期待されている。

Chun Caiらは、下記のフルオラスビスオキサゾリンを合成し、ニトロメタンと種々のアルデヒドとの銅触媒Henry不斉反応のキラルな配位子として使用した。7)
FT7
その結果、エタノールを溶媒として使用した場合、99%のエナンチオ選択性で反応が進行することが分かった。そして、フルオラス配位子はFluoroFlashシリカゲルでフルオラス固相抽出することにより簡単に回収でき、活性もほとんど変わらず再使用することができた。

配位子の水素がフッ素に置換されたフルオラス金属-有機骨格(FMOFs)は、優れた光学的および電気的特性のみならず高耐熱性、低表面張力を有する。Ya-Jie Kongらは、ランタニド族のEuのパーフルオロ安息香酸、フェナントロリン錯体を合成し、それが、蛍光強度が大きく適度な発光量子効率を有していることを確認している。8)

Stephen Weberらは、下記右のTeflonAF-2400に左のKrytox 157FSHをドープしたフィルムを用いて、キノリンなどをその水溶液から固相ミクロ抽出法により効率よく抽出している。9)川などの水中に存在する有害有機物質のフルオラス抽出材として期待できるとしている。
FT8

4、おわりに
フルオラスという名前が登場したのは1990年代である。パーフルオロアルキル基などのフッ素コンテントの高い基を導入して、水は勿論のこと有機溶媒にも溶けない状況を作りだし、分離を簡便かつ効率よく行うことができた。最近ではポリエチレングリコール、ペプチド、糖類などに応用されるケースが多く、期待度はますます高まっている。

文献
1) 後藤浩太朗 ファインケミカル40(2011) 31-37
2) Zhong-Xing Jiang et al Tetrahedron Letters 55(2014) 2110-2113
3) Pedro M. Nieto et al Carbohydrate Research 394( 2014) 17-25
4) 松儀真人ほか 名城大学総合研究所紀要19(2014) 41-44
5) Mamoru Mizuno et al J. of Fluorine Chemistry 166(2014) 52-59
6) TomásStrasák et al J. of Fluorine Chemistry 159(2014) 15-20
7) Chun Cai et al J. of Fluorine Chemistry 156(2013) 183-186
8) Ya-Jie Kong et al J. of Fluorine Chemistry 166(2014) 122-126
9) Stephen Weber et al J. of Chromatography A 1360(2014) 17-22