Archive for 6月, 2011

「光学活性化合物におけるフッ素の役割」

金曜日, 6月 10th, 2011

最新フッ素関連トピックス」はダイキン工業株式会社ファインケミカル部のご好意により、ダイキン工業ホームページのWEBマガジンに掲載された内容を紹介しています。ご愛顧のほどよろしくお願いいたします。尚、WEBマガジンのURLは下記の通りです。

http://www.daikin.co.jp/chm/products/fine/backnum/201105/#topic01

1、はじめに
現在市販されている医薬品のおよそ20%、農薬においては40%ほどが少なくともフッ素原子を有しており、開発中のものを含めるとさらにその割合は増えると言われている。その理由は、フッ素の有する特徴が特異な生理活性を引きだすからである。一つは、あらゆる原子の中で最も高い電気陰性度を有することであり、その結果、その周りのグループの反応性や安定性に大きな影響を与えることができ、また脂溶性を高めることができる。二つは、水素に次いで小さな原子であり、生体は水素との識別ができない所謂ミミック効果が発揮されることである。

一方、近年不斉炭素中心を有する光学活性分子が特異な生理活性を有することが見出されて以来、その不斉炭素にフッ素あるいはフルオロアルキル基を導入して、全く新しい生理活性化合物を合成する開発が盛んになっている。また、含フッ素反応触媒や溶媒が光学活性化合物の合成に重要な役割を演ずる例も知られている。ここでは、光学活性フッ素化合物の合成と生理活性機能について、また光学活性化合物の合成における含フッ素反応触媒や含フッ素溶媒の役割について文献特許からその動向を探ってみたい。

2、不斉炭素中心にフッ素原子あるいはフルオロアルキル基の導入法
二つの方法がある。一つは立体選択性の高い求電子的フッ素化剤を用いて 不斉炭素中心にフッ素を導入する方法、他はビルディングブロック法である。
前者の不斉炭素中心にフッ素を導入する方法については、近年、この方法に有効な下記の求電子フッ素化剤が開発されている。
FT1
柴田らは、2000年にcinchona alkaloids/Selectfluorの組み合わせで、シリルエノール、β-ケトエステルおよびオキシインドールのエナンチオ選択的なフッ素化反応を報告している。1)その後、NFSIがβ-ケトエステルやその関連物質のエナンチオ選択的フッ素化反応のフッ素化剤としてSelectfluorより多くの場合より効果的であるという結果が得られている。さらに最近柴田らは、NFBSI(1)を提案し、エナンチオ選択性をさらに改良している。2) NFBSI(1)の合成法は下記の通りである。
FT2
このNFSBI(1)を用いて、下記に示すシリルエノールのフッ素化を試み、NFSIとの比較をしている。エナンチオ選択性が向上しているのが分かる。
FT3
立体選択的なフルオロアルキル化特にトリフルオロメチル化反応については、下図の梅本試薬を用いたβ-ケトエステルへの不斉トリフルオロメチル化反応が報告されている。3)エナンチオ選択性を上げるには光学活性なグアニジン塩基を用いると効果的であり、最高70%eeでα-トリフルオロメチル-β-ケトエステルが得られている。
FT4
後者のビルディングブロック法については、Luらが光学的に純粋なトリフルオロメチル化イミダゾリジン、オキサゾリジンやチアゾリジン誘導体をキラルなアミノアミドあるいはアミノアルコールの下記の1に示すトリフルオロメチルビルディングブロックへのMichael付加反応により合成した。いずれも高いジアステレオ選択性と収率で得られた。5)
FT5
また、CF3含有α-ケトエステルとシリルアセチレンとを反応させて下記の光学活性体を得ている特許が公開されている。この場合、図Aに示す光学活性な配位子を有する金属錯体が触媒として使用されている。5)
FT6
3、フッ素系アルコールを用いる光学活性体の合成
網井は、フッ素系アルコールを反応溶媒、添加物、不斉反応剤、不斉触媒配位子として用いてエナンチオ選択性が向上した実例を紹介している。6)いくつかの例を紹介する。
まずは、含フッ素イミノエステルの不斉水素化反応である。CF3CH2OHなどのフッ素アルコールを用いると飛躍的にエナンチオ選択性が増大することが分かる。
FT7
下図では、フッ素系アルコールを添加剤として用いると、不斉収率が増すことが分かる。溶媒として用いた場合は反応が速すぎて不斉収率は低下した。
FT8
また、下図のようにフッ素系アルコール部位を有する軸不斉ホスフィン配位子45を設計し、不斉フェニル化反応に適用したところ、種々のアリールアルデヒドにおいて80%以上のエナンチオ選択性が得られた。これは、配位子45内のフッ素系アルコール部位が基質のアルデヒドを効率よく活性化し、さらに嵩高いCF3基による不斉環境が面選択性を向上させていると考えられる。
FT9
4、おわりに
含フッ素光学活性化合物合成法と含フッ素アルコールを用いた光学活性化合物の合成法について述べた。前者については、今後ますます重要になっていく含フッ素光学活性化合物の合成に新規フッ素化剤や含フッ素ビルディングブロック剤の開発が重要な役割を演じていることが分かった。また、後者については含フッ素アルコールが、合成における添加剤として、触媒として、あるいは溶媒としてケースバイケースで重要な役割を演じていることが分かった。この分野も益々目の離せない分野である。

文献
1) N. Shibata et al J. Am. Chem. Soc., 122(2000) 10728-10729
2) N. Shibata et al J. of Fluorine Chemistry 132(2011) 222-225
3) N. Shibata et al Org. Biomol. Chem., 7(2009) 3599
4) L. Lu et al Tetrahedron Letters 52(2011) 349-351
5) 特開2010-195736
6) 網井秀樹 ファインケミカル40(1) p-16-24 2011

「燃料電池」

金曜日, 6月 10th, 2011

最新フッ素関連トピックス」はダイキン工業株式会社ファインケミカル部のご好意により、ダイキン工業ホームページのWEBマガジンに掲載された内容を紹介しています。ご愛顧のほどよろしくお願いいたします。尚、WEBマガジンのURLは下記の通りです。

http://www.daikin.co.jp/chm/products/fine/backnum/201104/#topic01

1、はじめに
今年も燃料電池、二次電池、太陽電池の展示会が3月2日から4日まで東京ビッグサイトで行われた。依然として関心は高く、盛況であった。燃料電池に関しては、「第7回 国際水素・燃料電池展(FC EXPO 2011)」と題して行われ、全体としては着実に実用化に向けて進んでいるように見えたが、一時期活発な動きを見せていたノートパソコンなどの小型電子機器の燃料電池使用はほとんど展示されていなかった。また、フッ素系材料も膜に関しては特に目立った動きはなかった。一方、目を文献に転じてみると海外文献において総説が目立ち、一般論文も活況を呈している。ここでは、常温から200℃で使用可能なフッ素系固体高分子型燃料電池(PEFC)に関する海外文献を中心に最近の動きを述べてみたい。

2、燃料電池開発状況
最近の新聞情報から、トピックスを拾ってみた。まずは、米国の調査会社が発行した報告書「世界の燃料電池技術資料」によると、燃料電池の売上高は2014年時点で12億ドルになるとのこと(2009年時点で4億9800万ドル)。次いで、環境に優しく、かつ、効率的にエネルギーを生産するデバイスである固体酸化物燃料電池(SOFC)の開発が活発であり、二つのトピックスをとりあげる。一つは、350ºCで作動できるイットリウム添加ジルコン酸バリウム薄膜を電解質として用い、小型電子機器への応用が可能となったことである。二つは、家庭用SOFCコージェネレーションシステムで、2010年度には都市ガスを水素に改質する燃料改質器や、電気を発生させるセルスタックなどで構成されるモジュールの断熱性を高めることなどにより、電気需要の大小にかかわらず高い発電効率を維持できるようになり、耐久性やエネルギー効率の向上も達成でき、2010年代前半での実証化が見えてきたことである。PEFCに比べて定格発電効率が10ポイント程度高く、部品点数もPEFCの2分の1から3分の1と少なく、小型化やコストダウンにつながるとしている。
一方、PEFCでは、家庭用燃料電池コージェネレーションシステム「エネファーム」が2009年に販売開始され、普及促進および早期の自立的確立が図られている。最近の動きでは、一つは、その主要材料の改良であり、フッ素系ポリマーを電解質(パーフルオロスルホン酸ポリマーPFSA)とバインダー(PVDFあるいはPTFE)に用い、低加湿用触媒を組み合わせた新仕様のMEAを作製。高温低加湿条件で、目標の750ミリボルト以上を達成した。二つは、炭化水素系電解質膜の開発であり、プロトン伝導性の湿度依存性を低減し、高温低加湿でのセル電圧をフル加湿と同等レベルまで高めた。
また、車載向けでは、高耐久電解質膜が試作され、実用化を追求している。この電解質は新規短側鎖型PFSA膜を使用しており、これと高耐久技術とを組み合わせることにより車載膜を作製。120ºC、40%相対湿度の条件下で500時間以上の耐久性が実証されている。
さらに、DMFC用高分子電解質として高温無加湿膜の開発が活発である。

3、フッ素系材料の開発状況
最近、目にした5つの総説を紹介する。
1つは、100ºCから200ºCで作用する燃料電池のプロトン交換膜におけるフッ素系と非フッ素系膜の総説である。1) フッ素系膜は高いプロトン伝導性を有し、ベストの交換膜と考えられている。しかし、水を含まない状況での性能発揮、100ºC以上での性能発揮および高コストの課題を有している。ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエーテルアリールスルホン(PEAS)、ポリベンツイミダゾールなどの非フッ素系膜を含めて基礎的な開発の方向性について述べている。これらの膜物質のモルフォロジー、プロトン伝導のメカニズム、水の透過性が要約されている。水を含まない状況でのプロトン伝導性の向上については、酸塩基錯体を形成させることおよびポリマーにプロトンイオン液体を含有させることなどの解決策が紹介されている。また、本論文では膜の解析技術を紹介している。X線、中性子散乱、NMR、赤外などの標準的方法による膜のモルフォロジーや構造の解析、NMRと中性子散乱の組み合わせによる膜の性能に重要な影響を及ぼすプロトン動力学(水素結合を含む)などが述べられている。
2つは、高分子電解質膜燃料電池(PEMFC)においては水の管理は重要であるが、そのポイントとなる水の透過についての総説である。2) まずは、水管理の重要性を述べている。PFSA膜の場合、水和した状態でないとプロトン伝導性が低下してしまう。水で湿らしたガスを送ることも一手段だが、80ºC以下だと水が凝縮し電極に溜まってしまういわゆるwater floodingが起こり、水素や酸素の供給速度が低下し、セル性能がかなり落ちてしまう。従って、ガスを湿らさず、ドライな状態で送り込む必要がある。いずれにしても水を如何にして膜内に保つかが焦点であり、その対策は数多提案されている。本論文では、PEMFCにおける水の移動について要約している。内容は、PEMFC内での水の状態、水の移動の機構を膜内、ガス拡散相、触媒相、流路などのそれぞれの構成要素において理論的(モデリング)と実験的に過去の文献を集約して述べている。PFSA膜における水の移動のメカニズムであるが、Fig.8に示す構造のNafion膜を使って言及している。Fig.9は水の含有量が少ない時と多い時でのNafion膜内の模式図である。水の含有量が低い時は、水はSO3-イオンに強固に吸着していて、過剰のプロトンが直接SO3-イオン間を移動するので伝導度は低い。水の含有量が高い時は、直接移動するほかにH3O+やH5O2+、H9O4+などを形成しながら水を介して移動していく。水の含有量が13を超えると水の連続層が出来、プロトンの移動はhopping機構で起こり、伝導度は最大になる。
FT1
FT2
また、コンピュータの発展により、理論的な解析が進んでいて、多くのモデルが提案されている。さらに、低温から100ºC以上の温度条件での課題についても言及し、100ºC以上での運転に期待が込められている。
3つは、ナノ構造を有する膜の燃料電池への適用についての総説である。3) ここでは、主にPFSA膜のナノ構造化について述べている。PFSAにナノサイズのZrO2やTiO2を複合したナノコンポジット膜が120ºC20%RH下で安定した伝導度を発揮する。しかし、メタノールなどの燃料の透過性が高くなる問題点も指摘されている。分子スケールでの燃料電池の理論的な研究も紹介され、今後への開発課題が提示されている。課題の一つはZrO2などの膜への均一な分散である。ゾルゲル法、溶液のキャスト法やPECVD法、さらには界面活性剤の添加などの方法が提案されている。
4つは、PEMFCにおける汚染物質の影響についての総説である。4) 一つは、供給される酸化剤(空気)と燃料(改質水素)に含まれる不純物が酸素還元、水素酸化反応を阻害することであり、二つは、セル部品から生ずるイオンの電解質膜へのアタックにより機械的、化学的安定性が低下し、プロトン伝導性の低下や反応物質のクロスオーバーが生じることである。本論文では、正極、電解質膜、負極、それぞれについて汚染物質を特定し、その影響を述べている。正極では、酸素の還元が起こるが、NOxや硫黄化合物の影響が重要。電解質膜では、Fentonテスト法やOpen circuit voltage decayテスト法が紹介され、ラジカルやカチオンの影響を述べている。負極では、水素酸化反応が起こるが、一酸化炭素の影響が重要である。
5つは、燃料電池膜としての相互貫入ポリマー(IPNs)と半IPNsの開発に関する総説である。5) (半)IPNsについての合成法、工業用途、燃料電池用途がまず述べられ、次いで燃料電池膜としての(半)IPNsの詳細が述べられている。そのなかでPFSAをベースとした半IPNsについて紹介する。ここでの改良点はDMFCにおけるメタノールの膜内透過、クロスオーバーの低下である。半IPNsのPFSAのパートナーとして、poly(2-acrylamido-2-methyl-1-propanesulfonic acid-co-ethyl methacrylate)(AMPS/EMA=60/40)を用いた場合、伝導率はPFSA単独の場合と同レベル1.85×10-2S/cm、メタノールの透過率は3分の1の1.12×10-6cm2/sとなった。また、ポリビニルピロリドンPVPとの半IPNsでは、PVP2%の系でメタノールの透過率は53%低下し、伝導率は38%向上した。但し、フッ素化ポリイミドやジビニルベンゼンなどとの半IPNsでは改良されなかった。
他にも多数の文献が公開されている。例えば、PFSAの課題である燃料ガスの透過性、温度条件の制限、高コストを解決手段として、スルホン化芳香族系ポリマー(PEEK、PEASなど)が提案されているが、水和状態で寸法変化が起こるという課題がある。その解決策としてPVDFとPEEKとのコンポジットが提案されている。6)また、ガス拡散層の開発に関する文献がいくつかあるが、PTFEをバインダーとしたカーボン水系スラリーの均一性、安定性がドデシルスルホン酸ナトリウムにより得られること7)や熱伝導性においてPTFEのコンテントが影響すること8)などが目に付いた。さらに、PFSAにおいて特に生成するH2O2による性能低下が課題であるが、Feイオンの添加が効果があることや9)PFSAとモルデン沸石とのコンポジットがDMFCとして高出力、メタノールの低透過性などの性能を発揮すること10)などが報告されている。

4、おわりに
最近の燃料電池に関する情報を述べた。フッ素系電解質膜を始めとするフッ素系材料の出番は、PEFCである。家庭用コージェネレーションにおいては、販売後2年を経過し、順調に推移している。フッ素系電解質はプロトン伝導性および耐薬品性において優れているが、高温、無加湿運転に課題を有している。そのための基礎的で地道な開発が着実に進められていることが伺われた。しかし、車載用については、実用化への道のりは遠い感があることは否めない。

文献
1) Anne-Claire Dupuis Progress in Materials Science, 56(2011) 289-327
2) Xianguo Li et al Progress in Energy and combustion Science 37(2011) 221-291
3) S.K. Karamarudin et al International Journal of Hydrogen Energy 36(2011) 3187-3205
4) Xianguo Li et al Progress in Energy and combustion Science 37(2011) 292-329
5) Odile Fichet et al Journal of Power Source 368(2011) 1-17
6) Jung-Ki Park et al Journal of Power Source 196(2011) 2483-2489
7) A.M.Kannan et al Electrochimica Acta 56(2011) 1591-1596
8) X.Li et al Electrochimica Acta 56(2011) 1670-1675
9) James G. Goodwin Jr et al Journal of Power Sources 196(2011) 3060-3072
10) Stuart M. Holmes et al Journal of Membrane Science 369(2011) 367-374