最新フッ素関連トピックス」はダイキン工業株式会社ファインケミカル部のご好意により、ダイキン工業ホームページのWEBマガジンに掲載された内容を紹介しています。ご愛顧のほどよろしくお願いいたします。尚、WEBマガジンのURLは下記の通りです。
http://www.daikin.co.jp/chm/products/fine/backnum/201105/#topic01
1、はじめに
現在市販されている医薬品のおよそ20%、農薬においては40%ほどが少なくともフッ素原子を有しており、開発中のものを含めるとさらにその割合は増えると言われている。その理由は、フッ素の有する特徴が特異な生理活性を引きだすからである。一つは、あらゆる原子の中で最も高い電気陰性度を有することであり、その結果、その周りのグループの反応性や安定性に大きな影響を与えることができ、また脂溶性を高めることができる。二つは、水素に次いで小さな原子であり、生体は水素との識別ができない所謂ミミック効果が発揮されることである。
一方、近年不斉炭素中心を有する光学活性分子が特異な生理活性を有することが見出されて以来、その不斉炭素にフッ素あるいはフルオロアルキル基を導入して、全く新しい生理活性化合物を合成する開発が盛んになっている。また、含フッ素反応触媒や溶媒が光学活性化合物の合成に重要な役割を演ずる例も知られている。ここでは、光学活性フッ素化合物の合成と生理活性機能について、また光学活性化合物の合成における含フッ素反応触媒や含フッ素溶媒の役割について文献特許からその動向を探ってみたい。
2、不斉炭素中心にフッ素原子あるいはフルオロアルキル基の導入法
二つの方法がある。一つは立体選択性の高い求電子的フッ素化剤を用いて 不斉炭素中心にフッ素を導入する方法、他はビルディングブロック法である。
前者の不斉炭素中心にフッ素を導入する方法については、近年、この方法に有効な下記の求電子フッ素化剤が開発されている。
柴田らは、2000年にcinchona alkaloids/Selectfluorの組み合わせで、シリルエノール、β-ケトエステルおよびオキシインドールのエナンチオ選択的なフッ素化反応を報告している。1)その後、NFSIがβ-ケトエステルやその関連物質のエナンチオ選択的フッ素化反応のフッ素化剤としてSelectfluorより多くの場合より効果的であるという結果が得られている。さらに最近柴田らは、NFBSI(1)を提案し、エナンチオ選択性をさらに改良している。2) NFBSI(1)の合成法は下記の通りである。
このNFSBI(1)を用いて、下記に示すシリルエノールのフッ素化を試み、NFSIとの比較をしている。エナンチオ選択性が向上しているのが分かる。
立体選択的なフルオロアルキル化特にトリフルオロメチル化反応については、下図の梅本試薬を用いたβ-ケトエステルへの不斉トリフルオロメチル化反応が報告されている。3)エナンチオ選択性を上げるには光学活性なグアニジン塩基を用いると効果的であり、最高70%eeでα-トリフルオロメチル-β-ケトエステルが得られている。
後者のビルディングブロック法については、Luらが光学的に純粋なトリフルオロメチル化イミダゾリジン、オキサゾリジンやチアゾリジン誘導体をキラルなアミノアミドあるいはアミノアルコールの下記の1に示すトリフルオロメチルビルディングブロックへのMichael付加反応により合成した。いずれも高いジアステレオ選択性と収率で得られた。5)
また、CF3含有α-ケトエステルとシリルアセチレンとを反応させて下記の光学活性体を得ている特許が公開されている。この場合、図Aに示す光学活性な配位子を有する金属錯体が触媒として使用されている。5)
3、フッ素系アルコールを用いる光学活性体の合成
網井は、フッ素系アルコールを反応溶媒、添加物、不斉反応剤、不斉触媒配位子として用いてエナンチオ選択性が向上した実例を紹介している。6)いくつかの例を紹介する。
まずは、含フッ素イミノエステルの不斉水素化反応である。CF3CH2OHなどのフッ素アルコールを用いると飛躍的にエナンチオ選択性が増大することが分かる。
下図では、フッ素系アルコールを添加剤として用いると、不斉収率が増すことが分かる。溶媒として用いた場合は反応が速すぎて不斉収率は低下した。
また、下図のようにフッ素系アルコール部位を有する軸不斉ホスフィン配位子45を設計し、不斉フェニル化反応に適用したところ、種々のアリールアルデヒドにおいて80%以上のエナンチオ選択性が得られた。これは、配位子45内のフッ素系アルコール部位が基質のアルデヒドを効率よく活性化し、さらに嵩高いCF3基による不斉環境が面選択性を向上させていると考えられる。
4、おわりに
含フッ素光学活性化合物合成法と含フッ素アルコールを用いた光学活性化合物の合成法について述べた。前者については、今後ますます重要になっていく含フッ素光学活性化合物の合成に新規フッ素化剤や含フッ素ビルディングブロック剤の開発が重要な役割を演じていることが分かった。また、後者については含フッ素アルコールが、合成における添加剤として、触媒として、あるいは溶媒としてケースバイケースで重要な役割を演じていることが分かった。この分野も益々目の離せない分野である。
文献
1) N. Shibata et al J. Am. Chem. Soc., 122(2000) 10728-10729
2) N. Shibata et al J. of Fluorine Chemistry 132(2011) 222-225
3) N. Shibata et al Org. Biomol. Chem., 7(2009) 3599
4) L. Lu et al Tetrahedron Letters 52(2011) 349-351
5) 特開2010-195736
6) 網井秀樹 ファインケミカル40(1) p-16-24 2011