含フッ素金属錯体

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1、はじめに
含フッ素金属錯体については、光記録媒体や近赤外線吸収フィルター、熱線遮光剤などに用いられている含フッ素フタロシアニン化合物、有機EL素子の青色燐光材料として用いられている含フッ素イリジウム錯体、臨界炭酸ガス中での反応触媒などが知られている。ここでは、含フッ素金属錯体の最新情報について文献・特許をまとめてみた。

2、含フッ素フタロシアニン化合物
含フッ素フタロシアニン化合物は、650~800nmの近赤外域に吸収を有し、溶媒への溶解性に優れており、またフタロシアニンが元来保有している耐光性にも優れているので、半導体レーザーを使う光記録媒体・液晶表示装置、光学文字読取機等における書き込みあるいは読み取りのための近赤外線吸収色素・近赤外光増感剤、感熱紙・感熱孔版等の光熱変換剤・光導電材料、自動車や建材等の熱線遮光剤などとして用いられる。
下図に示すフッ素系銅フタロシアニン(F16CuPc)は、高温基板上で比較的高い電導性を示すためn-チャンネル材料として広く使われている。
FT1
Videlot-Ackermann らは、P-およびn-タイプチャンネル薄膜トランジスター(OTFTs)をF16CuPcを用いて作製し、フッ素を含まない銅フタロシアニン(CuPc)と比較し、F16CuPcが空気中での長期安定性においてCuPcに劣ることを報告している。1)
含フッ素亜鉛フタロシアニンF16ZnPcは、大きなイオン化ポテンシャルを有しn型半導体として期待されている。
Tebello Nyokongらは下記の含フッ素亜鉛フタロシアニンを合成した。いずれも非フッ素系と異なりCHCl3、CH2Cl2、DMSO、DMF、THFなどの溶媒によく溶け、光線力学的治療法の光増感剤として有望であるとしている。2)
FT2
3、含フッ素イリジウム錯体
有機EL素子は、下図に示すように発光する化合物を含有する発光層を陰極と陽極で挟んだ構成を有し、発光層に電子及び正孔を注入して、再結合させることにより励起子(エキシトン)を生成させ、このエキシトンが失活する際の光の放出(蛍光・リン光)を利用して発光する素子であり、数V~数十V程度の電圧で発光が可能であり、更に自己発光型であるために視野角に富み、視認性が高く、薄膜型の完全固体素子であるために省スペース、携帯性等の観点から注目されている。
FT3
この発光層に下図左に示すFIrpcが用いられているが、最近、5員の芳香族複素環と6員の芳香族炭化水素環または芳香族複素環からなる縮合環を持つ金属錯体化合物が検討され、その中でフッ素を含む下図右の金属錯体が初期劣化が低く、半減寿命が長く、発光効率が高い最も優れた性能を有することが報告されている。3)
FT4
4、臨界炭酸ガス中での反応触媒としての含フッ素金属錯体
超臨界炭酸ガス(scCO2)を用いる合成がグリーンケミストリーの目玉として開発が盛んである。含フッ素化合物はscCO2への溶解性が高いので注目されている。Ibrahim Kaniらは、パーフルオロアルキル基を有するS,Oキレート配位子L1,L2のPd(II)錯体によるオレフィンの水素化反応を検討した。4) その構造と合成法を下記に示す。また、触媒としての結果をFig.5に示す。
FT5
FT6
スチレンおよび1-オクテンの水素化には有効であったが、シクロへキセンの水素化には低活性であった。これは、生成物の脱離が影響していると考えられる。また、水素圧や温度を高くすると高活性になった。
廣瀬らは、下記に示す4種類の含フッ素配位子を有するRuとCoの錯体を合成し、超臨界CO2中で液体CO2の光還元反応を行った。5)
FT7
各金属錯体ともにCO2の溶解性が高く、無溶媒で直接CO2の光還元が達成できた。
また、金属微粒子について、樹脂の溶融温度において熱分解し難く、且つ、高圧二酸化炭素に対して高い溶解度が得られるようにして樹脂へ導入し、この樹脂を用いて成形する樹脂の成形体の製造方法が提案されている。6)これは、有機金属錯体を超臨界二酸化炭素に溶解させ、この超臨界二酸化炭素を各種ポリマーの成形体に接触させ、これにより、ポリマー成形体の表面に有機金属錯体を浸透する。さらに、有機金属錯体が浸透したポリマー成形体に対して加熱処理や化学還元処理することにより、有機金属錯体を還元して金属微粒子を析出させるものである。具体的には、射出成形機の加熱シリンダで加熱溶融した熱可塑性樹脂(ガラス繊維入りナイロン6)に、フッ素含有の金属錯体(ヘキサフルオロアセチルアセトナトパラジウム(II))、フッ素系溶液(パーフルオロトリペンチルアミン)および高圧二酸化炭素を含む高圧流体を浸透分散させ、さらに、浸透分散処理後の加熱溶融樹脂を成形して、表面が改質された成形体を成形する。また、成形後の成形体に対して、金属錯体をブリードアウトさせるための熱処理をした後、無電解メッキにより金属膜を形成している。

5、その他
不斉合成用触媒である遷移金属錯体の配位子として用いた際に、反応収率及びエナンチオ選択性が良好であって、しかも容易に合成できる新規ジホスフィン化合物として下記の含フッ素ジホスフィンが提案されている。7)
FT8
弱いアニオンは高い電子親和性を有するカチオンの開発に重要な役割を演じてきた。つまり酸化安定性、化学安定性などをカチオンに付与するからである。その流れの中で、Warren E. Piersらはパーフルオロ‐ビス‐アニリド配位子を有するアルミニウム錯体を報告している。8)その合成法を下記に示す。
FT9
化学量論的に1:1で1とAlMe3とを反応させると二量体2が生成するが、3-Hは生成しない。化学量論的に2.1:1で反応させると3-H が生成することが分かった。この錯体はオレフィンの重合触媒として期待できる。

6、おわりに
含フッ素金属錯体の歴史は長い。その電気陰性度の高さが特殊な波長領域での光吸収性につながり、色素や増感剤、吸収フィルターなどに用いられている。最近では、りん光型有機EL素子の発光層として有望視されている。また、溶媒への溶解性が高いことも特徴である。最近では、CO2への溶解性が高いためグリーン溶媒として期待されている超臨界炭酸ガス中での触媒として利用されている。また、弱い配位子を有する金属錯体が得られ、触媒としての期待も大きい。これからも目の離せない領域である。

文献・特許
1) Christine Videlot-Ackermann et al Thin Solid Films 518(2010) 5593
2) Tebello Nyokong et al Dyes and Pigments 86(2010) 174
3) コニカミノルタホールディングス 特開2010-219275
4) Ibrahhim Kani et al The Journal of Supercritical Fluids 54(2010) 202
5) Takuji Hirose et al Journal of Fluorine Chemistry 131(2010) 915
6) 日立マクセル 特開2010-30106
7) 岡山大学 特開2010-173958
8) Warren E. Piers et al Dalton Transaction 39(2010) 10256