2016年の化学工業動向について

最新フッ素関連トピックス」はダイキン工業株式会社ファインケミカル部のご好意により、ダイキン工業ホームページのWEBマガジンに掲載された内容を紹介しています。ご愛顧のほどよろしくお願いいたします。尚、WEBマガジンのURLは下記の通りです。

http://www.daikin.co.jp/chm/products/fine/webmaga/201703.html

1、はじめに

2016年の化学工業がどうであったかの執筆依頼を受けた。化学関係の新聞(ほとんどが化学工業日報)は毎日目を通しているが、大体がフッ素関連の記事を拾い読みしている状況なので、改めてこの大きな議題を依頼されるとかなり心もとない。しかし、フッ素関連も化学の重要な分野、その延長線上に化学はあると開き直って、新聞上に現れた記事を一覧し、まとめてみることにした。化学はあらゆる産業の原料、中間原料、材料であり、時には最終製品になる。ここでは、2016年度の我が国の化学工業における事業状況、技術開発状況を中心にキーワードを設定し、それをベースにまとめていく。

2、化学工業とは

大辞泉では、化学反応を主要な生産工程とする工業。石油化学・肥料・セメント・化学薬品・染料・合成樹脂などの工業と定義している。伝統的には、有機化学工業と無機化学工業に分類される。有機化学工業には、石油化学工業、天然ガス化学工業、石炭化学工業、高分子化学工業、油脂工業、精密有機化学工業などがある。一方、無機化学工業は、ソーダ工業、アンモニア工業、硫酸工業、精密化学工業などがある。最近の傾向としては、環境関連、エレクトロニクス、エネルギー、ライフサイエンス、車両、重工業、軽工業などの応用分野に対する、原料や中間物、生成物として化学工業を定義することの方が的を得ていると考えている。

3、事業状況

各分野における業績についての統計はまだ出ていないが、2014年の統計によると広義の化学工業出荷額は42兆8630億円であり、その内訳は化学工業が28兆1230億円、プラスチック製品が11兆5330億円、ゴム製品が3兆2070億円となっている。前年比では、広義の化学工業出荷額は14.1%増、化学工業は9.2%増、プラスチック製品が3.8%増、ゴム製品は1.1%増となっている。その前の5年間においても年々着実に伸びており、2014年以降も順調に推移し、2016年のエチレンの生産が100%超であることから、2016年の化学工業の出荷は2014年よりも多いと推定される。

業界では、3月に産業革新機構、住友化学、積水化学工業の3社が、新会社「住化積水フィルムホールディングス」を設立し、住化と積水のポリオレフィンフィルム事業子会社を経営統合すると発表した。また、同じく3月に、2017年に発足する三菱化学、三菱樹脂、三菱レイヨンの統合新会社の社名を「三菱ケミカル」に決定された。

事業拡大のニュースは枚挙にいとまがないほどで、主なものを以下に掲げる。
1月、三菱化学、バイオエンプラ年産能力を黒崎で4倍増、2万トンに増やす。岩谷産業とトクヤマ、液化水素の生産能力を倍増

2月、旭硝子のインドネシア拠点アサヒマスケミカル、第6期拡張計画を400億円投じて完工(カ性ソーダ換算で年産50万トンから70万トン)。

3月、DIC、米英で化粧品顔料を増産(5割増)。
三井化学、オレフィン系熱可塑性エラストマー(TPO)を増産。25%増の5万トン。
日本ポリプロ、PPコンパウンド、インドで増強検討。年産1万5000~1万8000トン体制構築。
帝人、パラ系アラミド繊維を増強。15億円投資。

4月、三井化学、エチレン・プロピレン・ジエン共重合ゴム「EPT」の新製品の量産に乗り出す。今後2年間で数千~数万トン規模の事業に育成する。
宇部興産、大粒硫安を6万トン増強、約30億円投資、2018年4月に稼働開始。

5月、呉羽、PPSの生産能力を増強。いわき事業所の生産能力1万トンから1万7000トンへ、ノースカロライナ州の工場1万5000トンから1万7000トン。
日本触媒、ベルギーで高吸水性樹脂(SAP)10万トン増強。

6月、昭和電工、LiB用カーボン負極材5割増産。
JNC、中国蘇州でポリオレフィン系複合繊維「ES繊維」の生産能力倍増。
三菱レイヨン、大竹事業所で炭素繊維増強。ラージトウタイプのPAN系炭素繊維の年産能力を2700トンから3900トンに引き上げる。
住友化学、タイでPPコンパウンドを22000トンに増強。

7月、住友化学、千葉に高性能ポリプロピレン工場を新設。年産規模10万トン、2018年度までに投資内容を詰めていく。
住友ベークライト、中国江蘇省でフェノール樹脂成形材料を5割能力増強。年産能力1万8000トンに拡大。
旭化成、超高分子量ポリエチレンの2020年生産能力を4倍に。また、メキシコで自動車向け樹脂コンパウンドを生産。2万5000トン規模。
三井化学、高機能不織布を増強。年産能力6000トン、2017年11月の完工を目指す。
三菱ガス化学、鹿島で特殊ポリカーボネート生産能力を従来の数百トンから3倍に増強。主に小型高解像度のカメラレンズ向け。

8月、JNC、不織布を世界3極で増強。滋賀県守山3600トン、中国常熟で3000トンの設備建設中、両者で現状の2倍。タイで4800トン規模の設備立ち上げ。
積水化学、タイでPE高発泡体を年2万5000トンに引き上げる。

9月、三菱化学、鹿島でLiB電解液原料を増産。2017年5月をめどにECの年産能力を現状比25%増の1万トンに増強。

11月、クレハ、いわきでPVDFを5割増強。4000トンから6000トン。2018年秋稼働予定。
三菱レイヨン、タイでMAA、BMAの2系列目を新設し、前者は8000トンから1万5000トン、後者は1万5000トンから3万トンにそれぞれ倍増。2018年第2四半期からの稼働を予定。

12月、三井化学、中国でLiB向け電解液の生産能力3.3倍に増強。同社と台湾プラスチックスの合弁会社台塑三井精密化学有限公司のLiB向け電解液の生産能力を現状非。3倍の5000トンに増強する。2016年12月着工、2017年11月に営業運転。

買収、売却、合弁、参入の動きも活発であった。以下に例を挙げる。
1月、東レ、核酸医薬ベンチャーのボナックと特発性肺繊維症治療薬候補「BNC-1021」の国内ライセンス契約を締結し、同社への出資も発表。
四国化成工業、ソーダ灰販売事業へ参入。

2月、JXエネルギー、有機EL フィルム参入。高透明PIモノマーを開発し、ガラス基板からの置き換えを図ることでフレキシブルディスプレイフィルムとして提案。
デンカ、バイオ後続品事業に参入、予防、診断から治療に事業領域を拡大。

3月、花王、産業印刷分野に参入。VOCレスで軟包装用フィルム基材に高品質な印刷が可能な水性インクジェット用顔料インキを世界に初めて開発。6月 インキ欧米2社を買収。

4月、三菱樹脂、米エンプラ加工会社を買収。
昭和電工、フェノール樹脂事業をアイカ工業に売却。

5月、三菱ケミカルHDの事業会社が再生医療分野に進出。Muse細胞の独占的使用権確保。

6月、三菱ガス化学と日本化薬、バイオ後続品を含む抗体薬製造で合弁。

7月、帝人、超極細ポリエステルナノファイバーろ材を用いた高性能フィルタ市場に本格参入。
日本化薬、MEMS(微小電子機械システム)材料販路拡大へ米社買収。
三菱ケミカルHD、中国、インドの高純度テレフタル酸事業を売却。

8月、三菱化学、放熱材料市場へ参入。樹脂と複合化して使う熱伝導率の高い六方晶窒化ホウ素を開発。

9月、帝人、自動車向け複合材の米大手を買収。北米最大の自動車向け複合材料成形メーカー、コンチネンタル・ストラクチュラル・プラスチックス(CSP社)を総額8憶20500万ドル(約840億円)で買収することを決定。

10月、三菱化学と宇部興産、中国・LiB用電解液事業で提携。
東ソー、再生医療分野に本格参入。
昭和電工、独SGLの黒鉛電極事業を買収。

11月、富士フィルムHD、和光純薬工業を買収へ。約1674億円。2017年4月21日に富士フイルムホールディングスの連結子会社とする。

12月、関西ペイント、欧州の塗料大手を約700億円で買収。欧州を中心に工業用塗料を展開するヘリオスグループ。
旭硝子、欧州のCDMO大手を買収。バイオ医薬品原薬の開発製造委託(CDMO)の欧州大手、CMCバイオジックス(デンマーク)を2017年1月にグループ子会社とすることを発表。買収額は約600億円。

4、技術開発状況

2016年も多くの技術開発が報告されている。その中からいくつか抜粋し、下記に列挙する。

東レ、水中の汚れ成分付着を抑制するRO膜の基本技術確立。物質表面に安定して存在する水和水を膜表面に大量に保持できるよう設計した。従来膜に比べて7倍。

NEDO、生産性10倍の炭素繊維製造プロセスを開発。従来に比べて製造エネルギーとCO2排出量を半減、耐炎工程をなくし、炭化工程も加熱炉ではなくマイクロ波を用いる新技術を確立。

東レ、靭性が向上したPPS樹脂を開発。従来型の柔軟ポリオレフィンに比べ靭性が約2倍、引張強度も3割向上。HEVのモーター部材やパワーコントロールユニット部材、住設分野の水回り部材などに用途展開していく。2020年50億円(数千トン)の売り上げ目指す。

ダイセル、環境化触媒を開発、大阪府立大学との共同研究。NOxの中でも最も除去が難しいとされているNOを含む燃焼系NOxを高効率で吸着できる単体の開発に成功。

積水化学、CNTを用いた発電シート開発。半導体CNTの両端に温度差があると電圧が起きる現象を利用、排熱管に張り付けるだけで発電。センシング機器の電源用途を見込み、2018年度製品化、20~50億円規模の事業育成を狙う。

大阪府のベンチャー企業Jトップ、難分解性有機物を含む排水処理について、特殊活性炭を用いた革新的システムを開発。自動かつオンサイトで活性炭再生。

多木化学、魚コラーゲンで高強度繊維を開発。高濃度化が難しかったコラーゲン溶液で15%濃度の製造に成功。湿式法での紡糸が可能となり、シルクと同程度の強度を実現。集束している構造は人体組織と同様の構造、欠損した靭帯や腱などの再生材料を作れる可能性あり。

東京大学、難燃性のLiB電解液を開発。難燃性だけでなく、高電圧作動時の副反応・劣化を抑制できることも特徴。本電解液を使って、LiBの作動電圧を3.7Vから4.6Vまで高電圧化し、EVに適した高密度で高安全なエネルギー貯蔵が可能となる。

JXエネルギー、加硫ゴム並みの復元性と低硬度を両立する熱可塑性エラストマー(TPE)を世界で初めて開発。2016年秋に試験販売後、年内に商品化。

帝人、耐久性とともにガス透過性に優れる新規フィルムを開発。熱可塑性樹脂を2軸延伸成膜したフィルム。デッドホールド性や易カット性を利用して医薬包装、飲料容器の蓋材向けに展開。また、耐熱、耐水、耐酸性を活かすことで薬品などの長期保存向けにレトルト、耐熱容器の用途を見込んでいる。

旭硝子、iPS細胞の大量培養が可能なプラットフォームを開発。グループ企業が手掛ける微細加工細胞培養容器を活用した3次元培養法により、ヒトiPS細胞から均一な細胞塊を短時間で効率的かつ安定的に大量形成が可能。

凸版印刷、生物模倣技術の構造発色シートを開発。ナノ構造設計技術と多層薄膜形成技術を使い、光の反射により瑠璃色を発色するモルフォ蝶の羽の構造シートを再現した。顔料や染料に比べ紫外線による退色がなく、鮮やかな色が保持できる。偽造防止やブランドプロテクションなどのセキュリティ商品など適用。

東洋紡、酸素および水蒸気バリア性をそれぞれPETの10倍、2倍の性能を有するバイオ樹脂を開発。

花王、疎水化セルロースナノファイバー(CNF)を開発。CNFの表面を疎水化処理。硬化型エポキシ樹脂やアクリル樹脂への混錬が可能。

NEDO、スーパーエンプラとCNTを用い、世界最高水準の耐熱性と機械強度かつ射出成型可能な新規複合材料を開発した。耐熱性は450℃、曲げ強度はPEEKの1.8倍を実現する。

東レ、ポリエステル超極細微細捲縮繊維テキスタイルを開発。世界で初めて単糸繊度0.19テックスの超極細で、かつバイメタル構造の海島型繊維の量産化に成功。かさ高性や伸縮性を活かし、まずは衣料用途に展開。

5、おわりに

2016年の化学工業について概観した。業界の業績は好調で、業界再編成、合弁などが活発であり、技術開発も進んでいる印象を受けた。また、ここでは取り上げなかったが、IoTやAI技術を利用したインフラ整備も進んでいるようで、今後とも順調に推移していく力強さを感じた。

参考文献

日本化学工業協会資料
化学経済2016年2月~12月号、2017年1~2月号
化学工業日報記事