「フッ素系化学蒸着 CVD法」

最新フッ素関連トピックス」はダイキン工業株式会社ファインケミカル部のご好意により、ダイキン工業ホームページのWEBマガジンに掲載された内容を紹介しています。ご愛顧のほどよろしくお願いいたします。尚、WEBマガジンのURLは下記の通りです。
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1、はじめに
フッ素系のドライコーティングによる表面改質は、現在スマートフォンの指紋防止処理において物理蒸着法が主流になっているが、化学蒸着(CVD)法についても相変わらず高い関心が示され、総説や文献が頻繁に出されている。筆者は、本メールマガジンにおいて、2010年7月号(フッ素関連トピックス三題)で「フッ素化合物プラズマCVDによるフッ素膜」および2008年12月号において「スパッタリングCVD」と題して執筆している。ここでは、プラズマCVDとスパッタリングに加えて、触媒開始CVD(iCVD)の最新の文献を紹介する。

2、プラズマCVD
H. Biedermanらは、ナノ構造のプラズマポリマーについての総説を発表している。1)プラズマポリマーの特徴は、鎖は短く、ランダムに分岐しており、架橋密度が高い。ナノ構造については、イオン照射の影響を少なくすべくプラズマゾーンから距離を遠ざける、作用ガス圧を高めるなどの工夫により達成している。この中で、フッ素系については、TFEを用いて、流量6sccm、ガス圧27Pa、RF電力100W、プラズマ状態Tonが16ms、プラズマオフ状態Toffが 304msの条件でプラズマ重合した場合、CFラジカルに由来する組成のリボン状のナノ構造コーティングができた。また、C8F17C2H4OCOCH=CH2を使用した場合は、同様の条件でこぶ状のナノ構造膜が得られた。さらにHFPOを用いた場合は、放電場所から遠いところと近いところで構造が異なる。前者では花びらのようなナノ構造表面であり、後者ではこぶ状(ドーム様)の表面構造であった。ポリマー組成はCF2ラジカルに由来するものであった。

C. Jaoulらは、含フッ素水素化非晶性カーボンの薄膜をCxFy+CxHyのプラズマCVDによりF/H比を変えて作製した。2)F含有量が0~19%では、CFやCF2結合がCH結合に代わって増大していく。そして大部分がsp2構造の典型的なダイヤモンド様カーボンであった。硬度は含有量6.5%で28GPa、19%で20GPaと高い硬度を示した。また、摩擦係数は0%で0.07が6.5%で0.04に低下した。

C. Huangらは、CH2F2を用いてArプラズマCVDを13.56MHzのRFプラズマグロー放電の条件で行った。3)CH2F2/Ar=1.5ではグリセロールの接触角が110度から140度に上がった。XPS分析の結果、表面の粗度が大きくなっており、フィルムは主にCH、C-CFx、CF、CF2から成ることが分かった。

阿部らは、PMMA粒子のCF4プラズマ処理を、円筒型プラズマ処理装置を用いて行った。4)RF電力100Wでプラズマ処理した結果、30分でフッ素含有量は39.3%になり、その後は一定であった。また、水の接触角は115.6度から145.6度に上昇しその後は一定であった。その間、滑らか表面からナノサイズの凹凸表面に変化した。

J. H. Yimらは、RfCH2CH2Si(OC2H5)3(Rf=C8F17orCF3)およびC6F5Si(OC2H5)3をプラズマCVDで超高分子ポリエチレンフィルム上に疎水コーティングをした。5)本法では、プラズマの条件によるが、重合後においてモノマーの構造がかなり保たれており、破砕の程度は低かった。特にC6F5の系はほとんどそのままであった。水の接触角はC8F17の場合が最も高く110度から116度、C6F5では90~95度、CF3では85度~90度であった。

A. El-Shafeiらは、抗菌と撥水を兼ね備えたナイロン/綿混紡布を作製すべく、予めポリジアリルジメチルアンモニウムクロライドをグラフト重合した布にC6F13C2H4OCOCH=CH2により大気圧プラズマ処理を行った。6)その結果、水の接触角144度、ヘキサデカンの接触角132度を得た。布の裏側は親水性を保っており、さらに抗菌性も維持できたとしている。

F. Fraccasiらは、Merrifield 樹脂(架橋クロロメチル化スチレン/ジビニルベンゼン)ビーズの表面にCF3CF=CF2‐O2をプラズマ重合させたものがオレフィンのエポキシ化の触媒として有用であることを報告している。7)例えば低圧プラズマ装置を用いてHFP:O2=3/1、RF電力50WでMerrifield樹脂を処理したものを触媒として、trans-β-メチルスチレンのKHSO5によるエポキシ化を行ったところ、95%の転化率でエポキシ化体の選択率93%が得られている。

3、スパッタリングCVD
阿部らは、-5℃から200℃の温度範囲でPTFEターゲットのRFマグネトロンスパッタリングによりフルオロカーボンフィルムを作製した。8)X線解析及びFTIRからフィルムは非晶質でC-F結合を含んでいることが分かった。そして、温度を上げていくと架橋部位が増大し、耐擦傷性が向上することが分かった。

O. Kylianらは、フルオロカーボンオーバーコート処理されたナノ粒子により超撥水表面を作製している。9)ナノ粒子としてはPt、Ti、Al、プラズマ重合したハイドロカーボンにナイロンをスパッタリング処理したものを用いた。ナイロン処理が進むにつれて、表面粗度が大きくなった。フルオロカーボンオーバーコート処理は、PTFEターゲットのArスパッタリングにより行った。水の接触角と表面粗度との関係では、前進接触角は静止接触角同様表面粗度とともに上がっていくが、後退接触角は表面粗度が23nmまでは低く、60nmで急に上がり、133nm以上では180度に近い値を示した。

4、iCVD
A. M. Colliteらは、C8F17C2H4OCOCH=CH2(PFDA)とCH2=C(CH3)COOH(MAA)との共重合をtert-ブチルパーオキサイドを開始剤とするiCVD法で行った。10)目的はイオン交換膜としての可能性の追求である。この系は疎水性モノマーと親水性モノマーの共重合だが、iCVD法により、交互共重合が達成できている。このポリマーはドライな状態から水和状態まで高い鎖可動性を有していた。また、水の接触角のヒステリシスは30度以上と高く、イオン伝導度は70mS㎝-1とNafion膜に匹敵する高い値を示した。今後は、架橋部位の導入、ビニルエーテルの使用などを検討していくとしている。

A. M. Cocliteらはまた、PFDAのホモポリマーをiCVD法で合成し、超撥水・高撥油性を得ている。11)本法で合成したPFDAホモポリマーは結晶性を完全に保っている。水の前進接触角は160度およびヒステリシスは5度、鉱油の接触角は120度であった。そして、CVDの条件を変えれば表面特性も変えられたとしている。

M. Thiemeらは、PTFEおよびポリシロキサンによるCVD法で表面処理を行い、比較を行っている。12)いずれも表面粗度を上げると超撥水性が得られた。撥水性についてはPTFEの方が高かったが、耐摩耗性はポリシロキサンの方が優れていた。

5、おわりに
CVD法による表面改質について、プラズマCVD法、スパッタリング法、iCVD法の3方法について最新の文献を紹介した。プラズマCVDに関する総説において、フッ素系が最も盛んであることが述べられており、源モノマーを選定することやイオン照射の影響を少なくすべくプラズマゾーンから距離を遠ざける、作用ガス圧を高めるなどの工夫により多彩な表面構造、表面硬度、表面特性が得られている。また、末端をシランにすることで源モノマーがほとんど破砕しないプラズマポリマーも得られている。さらに、スパッタリングや触媒を用いたiCVD法も開発されていて、今後もフッ素系CVD法には目が離せないことを実感した。

文献
1) H. Biederman et al Thin Solid Films 548(2013) 1-17
2) C. Jaoul et al Surface & Coatings Technology 237(2013) 328-332
3) C. Huang et al 231(2013) 47-52
4) Takayuki Abe et al Applied Surface Science 284(2013) 340-347
5) J. H. Yim et al Surface & Coatings Technology 234(2013) 21-32
6) A. El-Shafei et al ibid. 217(2013) 112-118
7) F. Fraccasi et al Applied Catalysis A:General 470(2014) 132-139
8) Takayuki Abe et al Vacuum 87(2013) 218-221
9) O. Kylian et al Vacuum 100(2014) 57-60
10) A. M. Coclite et al Polymer 54(2013) 24-30
11) A. M. Coclite Physics Procedia 46(2013) 56-61
12) M. Thieme et al Applied Surface Science 283(2013) 1041-1050