「フッ素化半導体光触媒」

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1、はじめに
半導体光触媒は、ソーラーエネルギー変換や環境修復において重要である。光触媒の課題である狭い光応答範囲や低い量子効率を克服すべく、吸光性や励起、再結合を防ぐ電荷移動を高めるための手段がここ数十年間講じられてきた。ここでは、半導体光触媒の性能を向上させる手段として検討されてきたフッ素化についての総説を紹介する。1)

2、フッ素化半導体光触媒の合成
フッ素化TiO2(F-TiO2)においては、フッ素は吸着フッ素か格子にドープされたフッ素の形で存在する。その合成法は、触媒合成後のフッ素化とフッ素存在下における触媒合成の2つの方法がある。

2-1、触媒合成後のフッ素化
合成された光触媒をフッ素化する方法であるが、HFあるいはNaF水溶液中に光触媒を浸漬する方法とHF雰囲気に光触媒を曝す方法がある。前者の場合、図1に示すようにpHの影響を受け、pH3付近で最大のF含有量となる。アルカリ側でF含有量が低下してくるのは吸着したFがOHに置き換えられるからである。
FT1
図1 光触媒TiO2のフッ素化におけるpHの影響
Fの吸着状態としては、Ti-OH基からTi-Fへの置換、フッ素化Ti-FにF-イオンが物理吸着、Ti-OHに水素結合で結合するTi-O-H・F-Hなどが考えられる。

2-2、フッ素存在下における光触媒の合成
これはNH4HF2やTiF4のようなフッ素化合物の存在下、光触媒を合成する方法である。この場合、触媒合成後のフッ素化同様TiO2表面はフッ素化されるが、それに加えて格子酸素がフッ素で置換される。さらに結晶構造の選択性にも影響を及ぼす。つまり、強力な吸着力と立体障害によりアナターゼ相の形成がより有利になる。TiO2の結晶構造にはアナターゼ、ルチル、板チタン石の3種類あるが、アナターゼが最も低い充填密度を有しており、光触媒としての活性が高い。フッ素イオンがアナターゼ選択性を高める理由は、TiO2の相転移と結晶化プロセスにフッ素イオンが関与するからである。つまり、TiO2八面体が形成される際に、その表面にフッ素イオンが静電気相互作用あるいは水素結合により吸着し、八面体の直線的な凝縮を抑制し、らせん鎖成長を促進してアナターゼ相を形成するからである。また、光触媒活性に影響するアナターゼナノ粒子の結晶化度と結晶サイズについては、NH4HF2の濃度が増すと増大する。これは、準安定なTiO2が溶解し、再結晶化する下記のプロセスが起こるからである。アナターゼナノ粒子の結晶化度が増大すると、光触媒活性が上がり、安定性も向上する。
4H+ + TiO2 + 6F- → TiF6- + 2H2O dissolution
TiF6- + 2H2O → 4H+ + TiO2 + 6F- recrystallization
また、結晶構造の001面が活性が高く、001面を多く含有するTiO2を作製することが望ましい。それにもフッ素イオンが有効であり、またフッ素イオンは001面を安定化する。
さらに、中空のTiO2は表面積も大きく活性が高いが、フッ素イオンを介した合成法はコスト的に有利である。この中空TiO2小球は非晶質のコア部分の周りに結晶シェルを形成させ、コア部分を溶解させて中空にする方法で作製される。
下図にその工程の模式図を示す。Step1は準安定なTiO2ナノクラスターの核化、Step2はナノクラスターの非晶質球体形成、Step3はその球体の周りに結晶質シェルの形成、Step4は非晶質コア部分の溶解消失による中空球体の形成である。
FT2
この工程においてフッ素イオンが存在すると容易にしかもアナターゼ結晶シェルを形成できる。フッ素イオンの役割はエッチングおよび錯形成により準安定なTiO2を溶解させることであるとしている。空洞サイズ、シェルの厚み、球サイズは合成条件によって自在に変えられる。また、Sn4+やZr4+の添加によっても変えられ、表面あるいは電気的性質も変えられる。さらにエタノールを溶媒として混合するとTiO2表面のフッ素化を促進し、表面エネルギーを下げられる。

3、表面フッ素化の効果
表面のフッ素化は、異常な吸着挙動や界面電荷移動を引き起こし、光触媒酸化還元性に影響を及ぼす。一例として双性イオンであるローダミンBのTiO2表面およびF-TiO2表面における吸着状態を下図に示す。TiO2の場合はカルボキシル基の部分が吸着するが、F-TiO2の場合は、NEt2基の部分が吸着する。後者の場合の方が吸着力は強く、ローダミンBの分解反応の光触媒活性は高い。一方、アニオン系色素アリザリンレッドの場合は、アニオン性で吸着しにくく、分解反応の光触媒活性は低下する。
FT3
TiO2における触媒活性はOHラジカルが鍵になることが多い。OH-ラジカルはF-TiO2の場合、フリーであり、TiO2の場合は表面に吸着するので、前者の方が活性が高い。(下図参照)
FT4
界面の電荷移動に関しては、表面フッ素化により、ホール移動および電子移動共に影響を受け、遅くなる。但し、電子とホールの再結合は遅い場合があり、それが支配的な場合は触媒活性としては高くなる。この電子移動の遅さを改善するために白金触媒を共触媒として用いることが行われている。

4、格子フッ素化の効果
格子にフッ素がドープされるとそれ単独の場合あるいは他のドーパントと共存する場合においても、特別に局在化した電子構造や表面欠陥状態を形成し、異常な可視光触媒性を示す。その場合、他のドーパントとのシナジー効果も期待される。例えば、窒素をドープしたTiO2に、フッ素を後から導入すると表面の酸性点および表面欠陥が増大し、反応分子の吸着が促進され、光発生電子の表面でのトラップが容易になる。その結果、活性ラジカル種が生成し、光触媒活性が増大する。

5、他のフッ素化半導体光触媒
TiO2同様、他のフッ素化半導体光触媒も研究されている。例えば、SrTiO3においてはフッ素化するとNOの分解における触媒活性が3倍増大する。また、フッ素化Bi2WO6やフッ素化In(OH)ySzがローダミンBの分解反応を促進する。
フッ素化半導体光触媒の欠点はフッ素イオンが遊離し、水溶液中に拡散して、触媒作用を低下させ、環境にも悪影響を与えることである。その対策として、TiO2上に蛍石やフルオロアパタイトを固定化することが行われている。

6、おわりに
光触媒として有用であるTiO2をフッ素化して、その効果を纏めた総説を紹介した。フッ素がTiO2の表面および格子に導入されると特に後者の場合、光触媒活性に大きな影響を与えることが分かった。TiO2をフッ素化する報告は多々見られ、例えば、Ag/F-TiO2系では、F-TiO2よりUV吸収が高められ、電子とホールの再結合も阻止されて反応染料X-3Bの分解反応が促進されること2)、TiO2を表面フッ素化するとアナターゼ結晶体が増大し、アゾ染料Acid Red 1の分解反応が促進されること3)、表面フッ素化TiO2粒子を熱衝撃法で作製、600℃以下では結晶構造や粒子系は変化がなく、化学吸着フッ素イオンや酸素空孔の生成およびOH基の増大などがみられた4)等々の報告がある。今後、フッ素系光触媒がその重要度を増していくことが期待される。

文献
1) Mietek Jaroniec et al Advances in Colloid and Interface Science 173(2012) 35-53
2) Degang Fu et al Powder Technology 219(2012) 173-178
3) Ellena Selli et al Catalysis Today in press 2012
4) Delphine Flahaut et al Journal of Solid State Chemistry 187(2012) 300-308