「膜分離技術」

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1、はじめに
今回の東日本大震災において、水の重要性が改めて浮き彫りにされた。また、21世紀になって、世界的な水不足、水環境の悪化が進行している。従って、持続可能な水資源の確保、水環境の保全・浄化は大きな課題となっている。その解決策として、膜分離技術が注目されている。一方、医療分野では、人工腎臓などに膜蒸留という分離技術が開発されている。ここでは、PVDFやPTFEを用いた膜分離技術について概説する。

2、工業用途
膜分離のうち水処理には精密ろ過・限外ろ過膜が用いられている。限外ろ過膜は孔径が数nmから10nm程度、精密ろ過膜は孔径が10nmから数μm程度で、いずれも分離、精製、濃縮、回収、除菌などに使用される。膜の開発には、膜素材と膜構造の設計が重要である。膜素材では、強度が高く、耐薬品性の高いPVDFが世界的に主流になりつつある。膜構造の設計には多孔質状の膜形態に加工することがポイントである。峯岸らはPVDFの中空糸膜モジュールを開発した。1)2)用途により膜の種類は下表に示す3種類あり、純水透水性能と細孔径が異なる。
下図に示すように清澄水用膜HFMは高い不可逆ろ過抵抗を示す。これは細孔径が汚れ物質より十分大きいため、汚れ物質が内部に入り込み、物理洗浄で回復できないことによると考えられる。これに対し、表流水用膜であるHFSやHFUは表面に緻密で平滑な分離機能を有するため、汚染物質が細孔に侵入しにくく、優れた低ファウリング性を示した。また、HFSの物理的性質をTable2に示すが、強度が高いことが分かる。さらに塩酸、苛性ソーダ、NaOClなどに対する耐性も高く、十年以上の化学的耐久性を有していることが分かった。
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小川らもPVDF製の中空糸精密ろ過膜を用いた加圧型と浸漬方の大型モジュールを開発し、ランニングコスト削減を実現したと報告している。3)PVDF膜は、製膜方法によって膜構造は大きく変わり、膜性能や耐久性も変わる。製膜方法として、高温で融解させた均一な高分子溶液を冷却させることによることで相分離を起こさせる熱誘起相分離法(TIPS)を用い、シームレスネットワーク構造のPVDF中空糸膜を開発した。その膜モジュールの仕様を下表に示す。機械的強度が高く、耐薬品性に優れ、長期間安定して使用可能であり、上水用途でも10年を超える実績を有するとしている。
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さらに、クレハはPVDF系樹脂を主体とする親水性多孔質膜を開発している。4) PVDFとして2種類の分子量の異なる樹脂を用い、さらにポリビニルアルコールおよび可塑剤を混合して二軸押し出し機で中空糸状に押し出し、水浴中に通し、さらに、ジクロロメタン中に浸漬して、可塑剤を抽出し、乾燥して多孔質中空糸を得た。機械的強度、膜としての浸透ぬれ張力が高く、水処理膜として使用した場合に1.優れた耐薬品性、2.高い耐久性、3.優れた耐汚染性により長期間の使用に耐えるので、特に河川水、酪農廃水(牛、豚などの糞尿を含んだ廃水)、工業廃水、下水等の水処理用として用いられるとしている。
また、アルケマは、従来は膜分離活性汚泥法(MBR)との複合系としての下水処理用途が中心であったが、さらに口径の小さな限外ろ過膜分野の用途展開を推進し、上水用途への展開を進めていく。また、耐薬品性と透水性を両立させたいというユーザーニーズに応えるため、親水性PVDFの開発も進めている。
Liらは、液体/液体、液体/固体分離におけるPVDF膜の製造と修飾についての総説を発表している。5)まずは、PVDFの結晶構造、熱安定性、耐薬品性が述べられ、次いでimmersion precipitationや熱的相分離を含むPhase-Inversion法を経由する膜の製造法が述べられている。また、PVDF膜のファウリング耐性改良のために表面処理(コーティング、グラフト、オゾン・プラズマ・UVおよびEB処理)やブレンド(ポリビニルピロリドン・ポリエチレングリコール・PMMAなどの親水性ポリマーの添加)による種々の親水性付与法が示された。結論として、PVDF膜の製造には結晶化工程が重要であり、PVDFの擬似結晶構造によるbi-continuousポア構造のような特殊な膜構造を形成させることがポイントであるとしている。また、ファウリング耐性改良については、親水性/疎水性のバランスだけではなく、膜の電荷やイオン強度、表面粗さ・ポアサイズ分布・ねじれ・厚みなどの構造性、あるいは溶質の性質、膜モジュールの形状などが影響することを結論付けている。
Wangらは、直接接触膜蒸留で用いられる中空繊維膜モジュールの性能改善方法について報告している。6)膜蒸留の性能は、膜とモジュールの特徴に依っているが、PVDF中空繊維をプラズマ処理したもの、化学的処理をしたものとオリジナルのものから作製したモジュールを比較した。処理したものは、疎水性、機械的強度が増大し、ポア径およびばらつきも小さくなった。その結果、長期持続可能な流動とより高い水質につながった。また、化学的処理の方が性能は高かった。結果を下表に示す。
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膜蒸留では、物質と熱の流れが膜を通して同時に起こる。理論的には、膜が加圧状態であればポア中の全圧力と膜の熱抵抗が変わり、膜の性能に影響する。Greyらは、直接接触膜蒸留(DCMD)実験を行って、膜の両側の絶対圧力を変えてその影響をみている。7)膜としては中空繊維および平面シート膜の両方を使用した。中空繊維膜は1~70kPaの圧力範囲で全く変形しない膜であり、平面シート膜はスポンジ様のPTFE活性層を目の粗い織物で支持した膜で、Fig.8に示すように、体積変化を起こし、活性層は減少した。その結果、15~39%の流量減少が起こった。また、耐熱性も低下した。中空繊維膜は圧力による影響はなかった。

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3、バイオ・医療用途
上記のPVDF多孔質膜をバイオ・医療関連用途への展開については文献や特許はまだ非常に少ない。その中で、東レは、微生物もしくは培養細胞の培養液を分離膜で濾過し、濾液から生産物を回収するとともに未濾過液を培養液に保持または還流し、かつ、発酵原料を発酵培養液に追加する連続発酵装置を提案している。分離膜として平均細孔径が0.01μm以上1μm未満の細孔を有するPVDF多孔性膜を用いている。8)多孔質膜の作製法は次の通り。PVDF樹脂のジメチルアセトアミド原液を25℃の温度に冷却した後、あらかじめガラス板上に貼り付けて置いた、ポリエステル繊維製不織布(多孔質基材)に塗布し、直ちに水/DMAC(25/75)組成を有する凝固浴中に浸漬して、多孔質基材に多孔質樹脂層を形成させ、その後、ガラス板から剥がし、熱水中に浸漬してDMCを除去した。低い膜間差圧で濾過処理しながら、長時間にわたり安定して高生産性を維持する連続発酵装置であり、酵母を使ってL-乳酸を製造している。
また、医療用途への展開も殆ど見当たらないが、鈴木らは、膜蒸留技術に着目し、新しい人工腎臓治療開発の基盤技術構築のための基礎検討を行っている。彼らはポリプロピレン膜人口肺を研究用に改良して実施しているが、PVDFやPTFEの可能性にも言及している。9)

4、おわりに
PVDFやPTFEの多孔質膜を用いた膜分離については水処理を中心に工業用途において盛んに行われており、高強度、高耐薬品性、高耐ファウリング性などの優れた性能により今後益々、重要な位置を占めていくと思われる。また、バイオや医療用途については、まだ始まったばかりであるが、上記の優れた特徴を生かしていけば大いに期待されると考えている。

文献
1) 峯岸進一 未来材料 9(6) P-40 2009
2) 花川正行、峯岸進一 繊維と工業 65(3) P-92 2009
3) 小川高史 膜(MEMBRANE) 36(1) P-44 2011
4) クレハ WO2006/001528 
5) Abed K. Li J. of Membrane Science 375(2011) 1-27
6) Rong Wang et al J. of Membrane Science 369(2011) 437-447
7) Stephen Grey et al J. of Membrane Science 369(2011) 514-525
8) 東レ 特開2008-237213
9) 鈴木聡他 東女医大誌 76(10・11)P-410 2006