「含フッ素液晶材料」

最新フッ素関連トピックス」はダイキン工業株式会社ファインケミカル部のご好意により、ダイキン工業ホームページのWEBマガジンに掲載された内容を紹介しています。ご愛顧のほどよろしくお願いいたします。尚、WEBマガジンのURLは下記の通りです。
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1、はじめに
液晶表示素子の材料としてフッ素化合物が不可欠であることは何度もトピックスとして取り上げてきた。その後も液晶テレビの市場拡大はもとより、携帯電話、iPhone、iPadなどの急速な普及にともない、液晶材料の市場も拡大の一途をたどっている。材料メーカー各社の競争も激化し、液晶材料の開発も絶え間なく進んでいる。ここでは最近の状況について公開特許情報からを纏めてみた。

2、含フッ素液晶材料の概要
液晶表示素子において、液晶の動作モードに基づいた分類は、PC(phase change)、TN(twisted nematic)、STN(super twisted nematic)、ECB(electrically controlled birefringence)、OCB(optically compensated bend)、IPS(in-plane switching)、VA(vertical alignment)、PSA(polymer sustained alignment)モードなどである。素子の駆動方式に基づいた分類は、PM(passive matrix)とAM(active matrix)である。PMはスタティック(static)とマルチプレックス(multiplex)などに分類され、AMはTFT(thin film transistor)、MIM(metal insulator metal)などに分類される。
液晶素子の分野において、液晶組成物とAM素子における一般特性は下表に示すとおりである。

組成物の一般特性

AM素子の一般特性

ネマチック相の温度範囲が広い

使用できる温度範囲が広い

粘度が小さい

応答速度が速い

光学異方性が適切

コントラスト比が大きい

正または負に誘電率異方性が大きい

閾値電圧が低く、消費電力が小さい

コントラスト比が大きい

比抵抗が大きい

電圧保持率が大きく、コントラスト比が大きい

紫外線および熱に安定

寿命が長い

TNモードを有するAM素子においては正の誘電率異方性を有する組成物が用いられる。一方、VAモードを有するAM素子においては負の誘電率異方性を有する組成物が用いられる。IPSモードを有するAM素子においては正または負の誘電率異方性を有する組成物が用いられる。PSAモードを有するAM素子においては正または負の誘電率異方性を有する組成物が用いられる。
液晶化合物は一般的に(1)の構造を有している。含フッ素液晶材料は、L、M、N、A、Q、P、X、Yの部分にフッ素を導入した化合物を主成分とする組成物から成り立っている。フッ素の高い電気陰性度、C-F結合の強く安定であることなどの特徴が利用されている。
FT1
ここで、Xはアルキルベンゼン環、Yはシクロへキサン環やベンゼン環、Aは連結基である。
まずは末端ベンゼン環のL、MあるいはNの位置にフッ素を導入することで誘電率異方性が高く、粘度が低い画期的な液晶材料が得られた。また、フッ素の場合不純物の混入も防げると言うメリットがあった。つまり、低電圧で駆動でき、高速応答性であり、高信頼性が実現できたのである。これによりフッ素系液晶は液晶材料としてなくてはならない存在となった。
次いで、Aの連結基の部分にフッ素を導入することにより、液晶領域が高温まで延び、広範囲の温度領域で使用できるようになった。-CF=CF-、-CF2CF2-、-CF2O-などが具体例である。
さらにYの部分やその隣のベンゼン核の片側部分PあるいはQにFを導入して負の誘電率異方性を大きくし、高視野角にすることが可能になった。

3、含フッ素液晶材料の最新情報
含フッ素液晶の基本的な考え方は確立されたが、さらに高性能を目指した開発が活発である。この一年の公開特許情報から最新の開発状況を探ってみた。
ますは(1)において、AにCF2CF2CF2CF2を用いた下記の化合物が提案されている。1) 他の液晶材料または非液晶材料との相溶性に優れ、化学的にも安定であり、かつ液晶素子に用いた場合に広い温度範囲で高速応答性に優れ低電圧駆動できる性質を有するとしている。
FT2
次いで、Q、P部分にフッ素を導入したベンゼン環を2個有し、誘電率異方性をさらに高め、より一層の視野角拡大を狙った下記化合物の提案がなされている。2)
FT3
また、誘電率異方性を高める方法として下記の化合物も提案されている。3)
FT4
同じく、誘電率異方性を高める方法として、下記のフッ素化フルオレン誘導体が提案されている。4)
FT5
次いで、広いネマチック相温度範囲、低温での他の液晶化合物に対する高い相溶性、大きな屈折率異方性値を持ちかつ、高い化学的安定性を同時に有する新規液晶組成物として、4-シクロヘキシルターフェニル骨格あるいはその類似4環骨格中のベンゼン環のある特定の箇所に1ないし複数個のフッ素原子を導入した下記の化合物が提案されている。
FT6
式中、H1~H12の水素原子のうち少なくとも1つはハロゲン原子に置き換わっており、H6またはH8のいずれか1つがフッ素原子で置き換わっている場合には残りのH1~H12の水素原子のうち少なくとも1つはハロゲン原子に置き換わっている。R1,Y1はそれぞれ独立してC1~20のアルキル基等を示す。X1、X2、X3は共有結合、1,2-エチレン基、1,4-ブチレン基のいずれかを示す。
強誘電性液晶表示素子は、(1)高速応答であること、(2)メモリー性を有すること、(3)視野角が広いこと、(4)パッシブ駆動が可能であること、などの特性を示すことから、次世代の表示素子として注目されている。但し、焼付き現象や、反転異常によるスイッチング不良によって高品位な表示が行えないという問題点が指摘されている。これまでは、焼付けや反転異常、あるいは結晶化の原因となるイオンを除去していたが、特異的に下記に示すようなイオン性液体が焼付けをおこさず反転異常が抑制された好ましいスイッチング挙動を実現するための添加剤であることが見出されている。6)
FT7
また、室温を含む広い温度範囲で強誘電性液晶相を示し、高透過率、高コントラストである強誘電性液晶組成物として、下記の3種類の化合物が必要であることが提案されている。7)(4)は含フッ素光学活性体である。
FT8
モバイルPCやPDA、携帯電話など携帯情報端末用ディスプレイには薄型、軽量、低消費電力が求められる。これまでに開発された透過型ディスプレイには、バックライトが必要であるため低消費電力の面で不利であり、また屋外など明るい場所では表面反射による散乱光によってコントラストが大きく低下する等の問題点がある。即ち、透過型ディスプレイは、携帯情報端末用ディスプレイとして用いるには性能が十分でない。この問題を解決するために、バックライトを使用しない反射型AM-LCDが開発された。反射型AM-LCDは、光が液晶層を2回通過する。このため、液晶層の厚み(d)と液晶の屈折率異方性値(△n)の積(△n・d)を小さく設定しなければならない。従来の透過型TNタイプのAM-LCD用液晶組成物の場合は、要求される△nが0.075~0.120程度であるが、反射型タイプのAM-LCD用液晶組成物の場合は0.075以下である。その主要成分として下記のピペリドン環を有する化合物が提案されている。8)
FT9
4、おわりに
液晶表示素子のキーマテリアルである液晶材料にはフッ素は欠かせない存在であり、高速応答性、高コントラスト比、低消費電力などの機能に大きく貢献している。その更なる高性能化を目指した開発が活発であり、ここでは最新情報の一端を述べた。また、バックライトのいらない反射型液晶表示素子や広視野角・高応答性に加えてメモリー性およびパッシブ駆動が可能で、次世代表示素子として注目されている、強誘電性液晶表示素子についても含フッ素液晶材料が重要である。今後もこの開発には注目していきたいと考えている。

5、引用特許
1) AGCセイミケミカル 特開2010-248138
2) DIC 特開2010-270074
3) 富士フイルム 特開2010-215524
4) メルクパテント 特開2010-59165
5) チッソ 特開2010-111686
6) DIC 特開2010-195885
7) DIC 特開2010-77351
8) チッソ 特開2010-95461