フッ素による表面改質技術の最新情報

最新フッ素関連トピックス」は9月号からダイキン工業株式会社ファインケミカル部のご好意により、ダイキン工業ホームページのWEBマガジンに掲載された内容を紹介することにしました。ご愛顧のほどよろしくお願いいたします。尚、WEBマガジンのURLは下記の通りです。
http://www.daikin.co.jp/chm/products/fine/backnum/201010/

1、はじめに
 表面エネルギーの低いフッ素系材料の特性を利用した表面改質技術には、繊維・紙を対象にした撥水撥油加工、インテリア防汚加工、低摩擦・潤滑加工などがあり、大きな市場を形成している。また、指紋付着防止加工は、携帯電話、iPhone、iPad、Windouws7などに使われるタッチパネ用として、今後大きな市場が約束されている。その機能を評価する方法においても、静的撥水撥油性、動的撥水性、スライデイング性などがあり、目的に応じて使い分けられている。ここでは、フッ素化合物による表面改質技術の最新の文献・特許情報をまとめた。
2、超撥水撥油性1)
 撥水性は、基材表面における水滴の接触角が90度以上の場合を言うが、最近では、110度から150度を高撥水性、150度以上を超撥水性と呼ぶようになってきた。基材が平滑な場合、-CF3末端のパーフルオロアルキル基を最密充填させた場合、119度が到達できる限界値であることが示されている。従って、それ以上特に超撥水の場合は平滑な面では実現できないので、水滴より小さな凹凸のある粗面といわれる面が必要になる。凹凸の程度は次式の粗度(roughness factor、r)で定義される。
r=真の界面面積/みかけの界面面積
 Wenzelは界面自由エネルギー変化の考察から次式により実測される接触角が記述できることを示した。ここで、θは真の接触角。粗面ではr>1、従って、Φ>θとなり、上記の最密充填の場合、r>2の粗面にすれば超撥水表面になる。
 cosΦ=r・cosθ
しかし、r=2の粗面は現実的ではなく、最近では擬似フラクタル表面の考え方が注目されている。つまり、大きな凹凸の中に小さな凹凸があり、その小さな凹凸があるといった、凹凸構造を入れ子にする表面である。辻井らはアルキルケテンダイマーが174度という水の接触角を示すことを発見し、この表面がフラクタル次元で2.29という値を持つことによると報告している。2) 表面粗さを実現する方法としては、上記の方法以外に、シリカ粒子・PTFE粒子・ガラスビーズなどのフィラーや昇華性材料のコーテイング剤への添加、切削・研磨・エッチングなどの物理処理、フッ素系粒子共存下でのメッキ、表面プラズマ重合・CVD、自己組織化の利用などが報告されている。
 Sheenらは、テトラエトキシシランからゾルゲル法でシリカナノ粒子を作成した後、表面を含フッ素シランカップリング剤で処理し、ガラス基板上にコーティングして形成した膜はナノ粒子による擬似フラクタル構造を形成しており、水、CH3I、大豆油、ディーゼル油およびキシレンの接触角がそれぞれ、167.5度、158.6度、146.6度、140.4度、140.5度と超撥水性のみならず、超撥油性を有していることを報告している。3)
Mingらは、エポキシ変性シリカ粒子にアミノ変性シリカナノ粒子を結合させた下記に示すraspberry-like構造を作製し、パーフルオロアルキルシランで処理した表面が水、サフラワー油、ヘキサデカンの接触角においてそれぞれ152度、132度、125度を得ている。4)
FT1
Parkらは、多層カーボンナノチューブ(MWCNT)をフッ素ポリマー(C8F17C2H4OCOC(CH3)=CH2/(CH3O)3SiC3H6OCOC(CH3)=CH2共重合体)溶液中に分散させフィルムを作製した(Fig.1に示すようにグラフト化されていると考えている)。
FT2
その結果、83.5%の光線透過率、1.38×104Ωsq-1のシート抵抗値、160.2度の水の接触角が観測された。5)
 3、滑落角による撥水撥油性評価6)
 Hsiehらは、ガラス板上にシリカゾル溶液から自然沈降でシリカ粒子を堆積させた後、乾燥させ、パーフルオロアルキル基含有メタクリル共重合体をスピンコートした。シリカゾルの直径を20nmと300nmの2種類とし、それぞれ単独で堆積させた場合をT-SとT-Lとし、20nmと300nmを混合した場合を2T-SLとした。そして、そこにFig.6に示す各種異なる表面張力を有する8種類の液滴を載せて滑落角を測定した。(8種類の液滴とその表面張力は、水:72.3mN/m、glycerol:63.4mN/m、ethylene glycol:45.2mN/m、dimethyl malonate:36.5mN/m、1-dodecanol:30.2mN/m、hexadecane:27.3mN/m、ethanol:25.6mN/m、isopropanol:23.4mN/m) 滑落角はT-Sではジメチルマロネート(表面張力36.5mN/m)以下の表面張力の液滴の滑落角は90度以上、T-Lでは1-ドデカノール(同30.2mN/m)以下、2T-SLではヘキサデカン(同27.3mN/m)以下で90度以上の滑落角であった。
FT3
4、潤滑剤・離型剤・撥水ガラスへの応用
 フッ素化合物による表面エネルギーの低下は、潤滑剤、離型剤や撥水ガラスへの応用展開につながっている。最近の特許からその動向を探ってみた。
 ハードディスク等の磁気記録再生装置では、磁気記録媒体と磁気ヘッドとの接触による破損を防止するために磁気記録媒体の表面に潤滑剤が塗布されている。潤滑剤としては、OH基を2~4個を有するパーフルオロポリエーテルが提案されている。7) また、磁気記録媒体用の耐久性、下地層への潤滑膜の固着、及び耐摩耗性に優れた潤滑膜を提供するべく、磁気記録層上に保護オーバーコート層を形成し、その表面をパーフルオロシクロアルカン及び酸素を含む雰囲気に暴露し、プラズマ強化化学気相成長法を用いて重合して、パーフルオロポリエーテル含有層を堆積させることが提案されている。8) 
 また、ころがり軸受けなどの潤滑剤としてはフッ素樹脂をパーフルオロポリエーテル油に分散させたものが提案されている。9)さらに、潤滑剤組成物として、グラファイトまたは二硫化モリブデンを焼結成分とする焼結含油軸受に含浸して使用され、あるいはグラファイトまたは二硫化モリブデンを含有する金属部品と接触して使用されるパーフルオロポリエーテル油組成物に関する特許が公開されている。10)
 離型剤としては、フルオロアクリレートの共重合体や含フッ素リン酸エステルが知られているが、ダイキン工業は下記に示すフルオロシリコーンを離型剤として提案している。従来のフルオロアルキル基がC8以上の長鎖であったのに対し、本提案は、C6以下の鎖長を有し、PFOA問題をクリアしている。さらに加水分解性のシラン基を導入することにより、耐久性の向上を図っている。11)
FT4
日産自動車は、水滴の付着を防ぐ撥水機能を発揮する微細な凹凸構造を備えた撥水性構造で、耐擦傷性に優れ、微細構造の破損を防止して、長期に亘って撥水性を維持することができる耐擦傷性撥水構造と、このような構造を備えた耐擦傷性撥水構造体に関する特許を公開している。12)下図に示す、微細凹凸構造を備えた基材1の凹凸表面上に、密着層3を介して撥水層4を備えた撥水性構造において、基材1と密着層3の間に緩衝層2を形成する。この密着層3のさらに表面に、蒸着によって10nmの膜厚にパーフルオロアルキルシランを結合させて撥水層4とした。この技術は、液晶ディスプレイやCRTディスプレイなど各種のディスプレイ装置や、自動車や鉄道車両、船舶、航空機などの各種ウインドウパネルに用いることにより、ワイパーの要らないウインドウパネルの実現が期待でき、部品数の削減や生産工数削減によるコスト削減が期待できるとしている。
FT5
5、おわりに
 フッ素の最大の特徴といってよい低表面エネルギーを利用した加工剤の開発は益々隆盛を極めている。撥水撥油加工に始まり、防汚加工剤、潤滑剤、離型剤、非粘着剤、オイルバリアー、フラックス這い上がり防止剤などなど枚挙に暇がない。そして、1990年代から盛んになった超撥水技術はまだ耐久性という点で不十分ではあるが、その魅力は大きく、開発は盛んである。さらに超撥油性への挑戦も行われている。将来の夢は自動車のワイパレスに向けた超撥水撥油加工だと思うが、少しずつではあるが、前進しているように思えるのは筆者の思い過ごしであろうか。
文献・特許
1)川瀬徳三 繊維機械学会誌63(7)27 2010
2)K.Tsujii et al Langmuir 12 2125 1996
3)Y. Sheen et al J. Polymer Phys., 46 1984 2008
4)W. Ming et al Contact Angle, Wettability and Adhesion, Vol6 2009
5)Soo-Jin Park et al Journal of Colloid and Interface Science 342(2010) 559
6)Chien-Te Hsieh et al Applied Surface Science 256(2010) 7253
7)TDK 特開2010-73260
8)シーゲイト テクノロジー 特開2010-49782
9)日本精工 特開2010-190398、190240
10)NOKクリューバー 特開2010-7091
11)ダイキン工業 特表2009-541498
12)日産自動車 特開2010-188584